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突き抜けた努力をせよ

投稿日:2016年10月29日

「努力して報われる時代なんて古くさい。」
そう、努力しなくても十分生きてはいける環境が日本にあるしな。

「努力なんて体育会系っぽくて暑苦しい。」
自主性を重んじた名門高校野球部の練習カリキュラムも、もう珍しくない。

「俺が若いときは休みなんかなかったぞ。」
その時代は、休みなく働くことが評価のひとつでもあった。



上のようなこうした言葉は、まさに的を得た言葉だと思う。

いま、私たちが生きる現代において「努力」という単語がネガティブな表現として捉えられているかもしれない。ただ、ここで伝えたい事は私たちが想像している「努力」は「努力ではない」かもしれないということだ。

分かりきっていることがある。
誰しもが1度くらいは、こんな事を考えて行動(チャレンジ)を起こしているはずだ。

「自分を変えたい」
「人生変えてやるぞ」
「よし、今日から頑張ってみよう」


例えば、生活保護を受給しにいこうと、決断した精神的な病を抱えている30代の男性がいる。
(不正受給などの話は、ここで一切触れません)

親族への扶養照会を通じて、この事実が一斉に親族へと伝わる。

ましてや、両親との疎遠や絶縁状態であれば、なおさら生活保護の受給申請には踏み込みづらい。顔も見たくない、会話なんてもってのほかと考えてしまうからだ。

だが彼は、プライドや羞恥心を捨てた。

さて、このあと彼は本当に自分が劇的に変わり、人生がより良くなっただろうか。

これは決して「生活保護を受給しろ」というメッセージではない。

この例は極端な話だが、誰もが自分の人生のためにこのような「決心」をしたことがあるはずだということを伝えたい。

「あしたから朝5時に起きて仕事をしよう」もひとつの決心だ。

ここまでは、努力ではなくひとつの決心。

では「突き抜けた努力」により、自分の人生がどう変わるのか。

努力の仕方なんて、自分がどうありたいか、どう生きたいかによって変わるから、細かいことまでは偉そうには言えない。

ただし、ひとつだけ言えることがある。

「突き抜けた努力」と聞いて、自分が想像した以上の事が「突き抜けた努力」ということだ。

ランナーズ・ハイの世界が似ているかもしれない。

最上部に記した、いくつかの言葉が事実とするならば、本当に変わりたいと思うならば、今の時代だからこそ突き抜けた努力をするべきだ。

まず、自分はどうなりたいのか、何をやりたいのか、そしてそこにのめり込めるかどうかをこれまで以上に考えてみる。「自分が大好きな音楽をききながら!」

考え出すと、ある一定の閾値を超えると気持ちが沈んでくることもあるから。(笑)

世の中は矛盾だらけかもしれないし、差別や偏見だっておきている。

私たちソーシャルビジネスカンパニーとして実行しなければならない突き抜けた努力とは何かー私たちもいま一度、気持ちが高ぶる音楽とともに、未来について考え抜く必要がある。

自分の想像をこえる勇気をもつ。

自分の人生がより良くなりたいのなら、何もしない、なにも考えたくないでは、それ相応の結果しかないし、そこには何の価値もない。

前に進みたい意志はあるか

投稿日:2016年10月28日

精神的な疾患を抱える人びとにとって、服薬治療とは切ってもきれいない付き合いをしなければならない。

一方、今では服薬をせずに治療ができる様々な治療方法も出てきている。

当事者に対する適切な治療方法は、個々の基本的情報(年齢や性別、基礎疾患や既往歴など)など、様々な情報をもとに専門家(医師など)の経験と判断によって決定されるため、ここでは治療ではなく「先々で突き抜けた前進」をしてほしいという想いを記したい。

【前に進みたい意志はあるか―】

「何をいまさら、こんなの聞く必要なんてない」

「誰もが前に進みたい、今よりももっと良くなりたいと思っているに決まっているじゃないか」

こんな声を一度くらいは聞いたことはあると思う。

しかし問題なのは、そうだと仮定すると「なぜ、自殺者の総数は年々減っているのに、若者の自殺者は割合は増えているのか?」

統計的な数字の本来持つ要素が、このような結果を生ませているのかもしれないが、現実問題として結果は結果である。

精神的な疾患を抱える人々すべてにとは言えないが、限りなくいえることは「前に進みたいという意志がある人間にとって、進むための選択肢が少なく見えている」ということだ。

この日本において、あらゆる国々と比較して「選択肢が極限に少ない」とは決して言えない。

しかし、なぜ選択肢が少なく感じてしまうのだろうか―

答えの一つとして考えられることは「成功事例の貧困化*」である。
*大切なものが欠けているという意味で使用

個人情報の保護が徹底されることは当然良い。

しかし、精神的に苦しみ、辛い毎日をおくってきた人々が「いまでは最高に楽しい人生を送っています」という成功事例(以下、「情報」)が、今を苦しむ人々に届いていない。
(この情報も、よくある広告のキャッチフレーズレベルでは全くもって無意味だが)

スマホ1台あれば、情報はいくらでも得られる社会になっているし、自発的に動けば動くほど人生は間違いなくよくなるだろうが、この情報に関しては「個々に保護(公開する人なんてそういない)」されているため、当事者に届く確立は極端に減る。

いまを苦しむ当事者にとって、「現状から脱却し、今よりも良くなっている自分」を想像できていないことは、問題であり課題であると考える。

一方で、苦しく辛いなか、何とか自らで奮起し、情報を収集し、自身が改善・向上をしていくための行動を起こしている人もいる。

いま一度、ソーシャルビジネスカンパニーとして考えなければならないことは、治療ではなく「先々で突き抜けた前進」ができる、力強く踏み出せる道(選択肢)をいかに早く作れるかということだ。

治療と仕事の両立ー連携の強化へ

投稿日:2016年10月28日

ガンと診断されてしまったー

この先の治療や仕事、家族、治療費などなど、ネガティブな発想が頭をよぎる。こんな日が毎日まいにち続くと考えると精神的なストレスまでもがじぶんを苦しめてしまう。

厚生労働省は今年の2月に、がんや脳卒中と診断をされて、こうした病を抱えながら働く人に対する配慮や、企業などに求められる取り組みを指針にまとめた。

会社側も最近では、当事者に適応した柔軟な勤務スタイルを受け入れてくれるケースもある。

しかし、もっもこうした配慮や企業としての体制が、治療と仕事を両立するためには必要だという話だ。

この両立を推進するためには、主治医だけでなく産業医そして会社が、当事者への支援内容や就労計画を共有していく必要があるだろう。

一方で、柔軟な働き方の一つとしてあげられるテレワーク(在宅勤務など)や兼業(副業ふくむ)を認める企業が続々に増えている実態もある。

決して、病気を抱える人全員が、働く必要などはないとも考えられるが、働きたいという意志がある人々が十分なパフォーマンスを発揮できる労働環境を構築できるかが、企業価値を向上させるだけでなく、当事者の人生を豊かにするだけでなく、今いる社員の働きかたまでもを、より良く出来るのではないかと考えるー

労働環境の本質的改善に向けて

投稿日:2016年10月27日

過重労働・サービス残業など、仕事をする労働環境の改善に関するニュースが毎日のように取り上げられている。

この課題については、朝早くに出社をする「朝方勤務」にシフトすることや、17:00には強制的に退社しなければならないような取り組みにより解決をはかろうとする事例も数多くでてきている。

これらの取り組みは、労働環境の改善策としての第一歩という位置づけなのだろうか―

 

朝型にシフトした社員は、例えば朝7:00から最大限のパフォーマンスを発揮することができているだろうか。

17:00に強制的に退社をした社員は、自宅に帰宅して処理しきれていない作業を20:00まで行ってはいないだろうか。

 

障がい者によるアウトソーシングサービスを、自社の労働環境の改善や社員一人ひとりの生産性の向上を実現させる上では欠かせないものである、と評価していただけている企業が沢山ある。

 

数ある答えの一つが「企業と障がい者チームのチーム一体型」の実態である。

本来のアウトソーシングでは、アウトソーシング先の作業者スキルはもちろんのこと、特に長けている専門分野などを把握することは容易ではない。

むしろ、その時に必要な作業スキルを保持した受託企業を探し、見積りをとり、その度に発注するという流れが一般的だ。

 

VALT JAPANの障がい者アウトソーシングチームでは、クライアントが継続的に望むスキル人材の開発・チーム編成に注力している。

これにより、発注側の企業は「自社専用の人材チーム」を外部に持つことが可能となっている。

(大企業など、事業部や部署そして社員数が多い組織体制では、担当者レベルで必要な人材を外部に持つという体制が整っている事例もある)

 

企業の労働環境の改善で忘れてはいけないことは、ひとり一人が担っている業務整理である。

本当に私がやるべき仕事は何か。

本当に私があげなくてはならない成果は何か、その成果をあげるために必要なタスクは何か。

 

こうした本質的な労働環境の改善を行うことで、朝方勤務や早期退社の労働環境改革の効果が目に見えて変わることは間違いないと考える。

パフォーマンスがもたらす社会変革

投稿日:2016年10月25日

私たちは果たして、可能性が狭められた社会・時代を生きているのだろうかー

限定的な未来を想像すると、もはや今日を生きることでさえ嫌気がさす。
考え抜くことを放棄し、考える事自体も辞めてしまう。
これは会社の責任か、国の制度の責任か、あるいは育った家庭環境の責任かー
考えはじめると、考える前より窮屈な社会に見えてくる。

お先真っ暗とはこういうことを指しているのだろうかー

あえてこうした話を書くわけだから、当然そんな可能性が狭められた社会ではないと伝えたい。

先ずは、何ができて、何をするべきかを考えることが大切だ。

既にここで行き詰まったら「何をやらないか」を考える。

パフォーマンスを高めることが、自尊心を高めてくれることにも繋がるはずだ。

同時に、自分の価値ないしは自分自身の人生がより楽しくなるはずだ。

障がい者によるアウトソーシングサービスは、「個の価値を集結し最大化する。成果は、社会的価値として拡大し波及している」

「ハートで感じたら信じろ。信じたら走り出せ!」

Value the TEAMS

投稿日:2016年10月20日

クライアント様の案件ごとに、障がい者スタッフとフィールドマネージャーによる専門チームを構築。

業務案件の概要、納期、品質などは、クライアント様の要望に応じた柔軟な対応が可能となる。

VALT JAPAN株式会社では、チームメンバー間のコミュニケーションをクラウド中心で行い、品質管理はもちろんのこと、継続的な安定供給を可能としている。

TEAM OF TEAMS

投稿日:2016年10月20日

メンバー全員と共通の目標に向う体制を維持し、お互いのことを熟知し続ける。

こんなこと、果たして可能なのか。

チーム全員と信頼関係を築くことは本当に可能なのか―

 

「メンバーが30人なら問題ない!」

「55人ならまだ可能」

「100人を超えると・・・きびしくなる」

「1000人以上はイメージすらできない」

 

複数のチームで構成された組織で、かつそのチーム内のみの信頼関係を築く。

あとは余計なことをせずに、目標達成までの道のりはテクノロジーがTEAMとTEAMを合理的に繋いでくれる。

これにより、ムダな時間と労力が軽減されるどころか「ひとり一人のパフォーマンスが良くなる」にきまっている。

 

働くことに対する価値観は違っていい―

ただしだれも「価値観はひとつだけじゃダメ」なんて決めていない。

大群衆によるソーシャルインパクト

投稿日:2016年10月20日

社会的課題の多くは、個人や組織、市場や会社などといった様々な繋がりから生まれる「社会的機能」に、何らかの不具合が生じている状態であるとする。

当たり前のことかもしれないが、ビジネスはこのような社会的な機能不全を解決させる手段のひとつだ。

私たち個人をとっても、少なからず社会的な機能に影響を与えている。

消費も立派な経済活動の一つであり、決して仕事をしなければならないわけではない。

 

「数が与える社会的な影響力は、常に正しいとは限らない―」

 

大群衆(クラウド)によるソーシャルインパクトが、私たちの生活をより良くすることが出来るのだろうか。

社会的な機能不全を解決させるまでの影響を与えることができるのだろうか―