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テクノロジーを”社会的課題解決”に生かせるか

投稿日:2017年08月29日

 

■Googleは太陽光を原力とした風船を利用して

■facebookはドローンと赤外線レーザーを利用して

 

「空からのインターネット環境の構築」により、ネット環境に乏しいと言われている世界人口約65%の人々の1日が変革されようとしている。

いや、すでに昨日とはまったく違う生活を送ることができている人々が実際に存在していることは間違いないだろう。

 

テクノロジーが教育を変革させる。

孤立した人々をなくし、持続可能な教育システムにより「言語・知性・思考・意志−」の成長を促す。当然ながら大人も子供もだ。

一方、貧困層へのソーシャルビジネスを通じて浮き彫りになっている課題がある。

 

“教育者への教育だ”

 

インターネット環境を整え、最新・型落ちに関わらずPCやスマートフォンそしてタブレット端末などの機器も整い、遠隔授業や講義の受講も素晴らしいシステムによって体現化されている。これこそまさに、テクノロジーによる社会的な課題解決だ。当然ながら企業は持続可能な仕組みを構築して利益もあげる。

 

ただし、”教育者への教育”が必要なのだ。

 

フィリピン”マニラ”

ジプニーという格安乗り合いバスが5秒に1回横切る道沿いを歩いていると、日本でいう「ハローワーク」のような職業紹介所が、そこら中に構えられている。それぞれが差別化を測るために、赤や緑などといった目立つ看板を掲げながら事業を展開している。

2階までの階段を上がり中に入ると、20〜30平米ほどの部屋がある。

そこには椅子が50個ほど。

満席にさせている当事者たちは全員が「女性」だ。

男性は?というと、2階までの登ってきた階段に座り込んで、紹介所のスタッフから「チャンス」をもらおうと1日中座り込んで待っているのだとか。

 

よくよく話を聞いてみると、すでにご存知の通り、女性には家事代行やベッドメイキングなどといったハウスキーピング関連の求人が山ほどある。それも国内だけでなくシンガポールなどといった周辺国やドバイなどからのオファーが年々増加している。

男性ではダメだ。頼りにならない。というのがフィリピンの国民性かもしれないとも聞く。

 

ただし、インターネット環境に乏しいわけでは無い。

ほとんどの人々がスマートフォンを持っているし、日本よりも革新的だと評されているGrab(タクシーシェアリングアプリ)などによるシェアリングサービス産業・市場も生まれている。雇用という枠組みを超えて、「稼げるチャンスが爆発的に拡大」されたことで経済効果も実現された。

 

この階段に座り込む大勢の人々には何が不足しているのか。

答えの一つが”教育者”だ。

 

クラウドソーシング産業の発展と成長により、「働き方」の根っこが変わり、根っこから吸収される栄養の種類も多様化されている現代。育つ幹の長さや太さ、葉の色や形、最終的に花になるのか果物になるのかまでもが、主体的かつ柔軟に変化させることが可能になっている時代だろう。

 

しかし、そこに教育者がいなければ「持続可能ではなくなる」というのが問題なのだ。薬を与えて病気が治ることと、なぜその病気にかかってしまうのかというメカニズムを知るという教育は、得られる結果が根本的に違う。

 

この考え方は、日本国内でも往往にして起きている。

なぜ、生産性や効率性の向上を求められているのか。

なぜ、顧客管理システムを活用する必要があるのか。

なぜ、無駄なコミュニケーションを省く必要があるのか・・・

 

テクノロジーの機能を教えることは、もはや教育では無い。

機能の説明などは、人を介さなくてもわかりやすく機能の説明をしてくれる”機能”を、優秀な技術者が構築してくれている。

 

大切なのは、そのテクノロジーを活用して、自身の成果や企業の成長しいてはその人の人生を促進させ続けられる教育だ。クラウドソーシングや障害者チームへのアウトソーシングの活用も、「なぜ必要なのか」を理解しなければ短期的な価値を得られたとしても、中長期的な持続可能な成果は得られない。

 

「空から大金が降ってこないかなぁ」

なんてぼやいていた夢のようなふざけた話も、今まさに現実となっている。

大金では無いが、間違いなく社会は「機会」を得られる「機会」が日々増え続けている。この機会を、お金にするのもよし、新しい働き方にするのもよし、幸せを手にするのもよし。

 

教育に対する捉え方を見直し、テクノロジーを”社会的課題解決に生かす実行力”とともに発揮させられる教育が必要だ−

 

障害者自らが創らなければならないソーシャルビジネスがある!

投稿日:2017年08月30日

<障害者チームの声>

現在、障害者の働く環境は大きく変化しています。

そして健常者が働く一般の企業も大きく変わらなければならない状況に立ち至っています。

企業の働き方改革が叫ばれ、長年の長時間労働の悪習を改めなければならないことは企業もわかっていると思います。近年特に多くなってきた”働き過ぎからくる過労自殺”は大きな社会問題です。この貴重な人的資源の浪費、人権無視の状況は変えなければならないのです。

また、障害者の働き方改革も喫緊の問題といってよいでしょう。

長い間、貧困状態の劣悪な環境に障害者、とりわけ精神障害者は置かれていました。そして現在も置かれているのです。だからこそ、この状況を変えることは絶対に必要なのです。それでなくても、少子高齢化社会への急速な進行により、労働力人口が減り、激増する高齢者を激減する現役世代が支えなければならないという、いつ行き詰っても不思議のない状況となっている現在。新たな労働力は、政府が盛んに述べている”女性”だけではないのです。その新たな労働力として、精神障害者を捉え、ピンチをチャンスに変えるのがソーシャルビジネスではないかと考えます。つまり単に利益を追求するのではなく、社会への意味を重視して、その問題点を解決しながら利益を上げていくことが企業に求められている時代なのです。

そこで障害者チームが社会をよくするといった視点を企業が持つ必要があるのではないかと、ここに提言します。今まではともすると、社会の枠外に捨て置かれていた精神障害者の積極的な活用が重要となるでしょう。

もちろんそのためには、障害者の意識が変わらなければならないのは言うまでもありません。高い意識を持って働くことが必要となります。

企業の働き方改革により残業を減らし、雇用者を増やして一人当たりの労働時間を減らす必要は昨今叫ばれていますが、なかなか実現していません。そこで精神障害者を雇用するだけでなく、企業によるA型事業所などへの外注を増やすことで、精神障害者も単に一般企業に障害者枠で雇用されるだけでなく、A型事業所などで働いて、かつ生活できるだけの賃金が得られるようにする必要があります。それにより、一般企業の業務を一定量は受託で賄うことができるようになります。これは、2018年に精神障害者の法定雇用率がキチンと定められることを考えた場合に必要になってくる方法といえます。これは障害者の働き方改革の問題であり解決策でもあると考えます。

こういったことを考えると、ソーシャルビジネスの必要性は今後ますます増してくるでしょう。現在の世界は貧困の問題に満ち溢れていますが、これは日本も例外ではありません。格差社会への進行のスピードが速すぎて、解決が難しくなってきているように思います。

そこで、障害者チームが社会をよくする機会を増やすことが重要であるという考え方が生まれてきているのです。

これはどういうことかというと、障害者には実は優れた能力を持った人材がかなりいるということです。そして、とにかく弱肉強食になりがちな日本社会で、弱者の視点を持つ精神障害者が社会に積極的に関わることにより、日本社会全体の風通しがよくなることが期待できます。こういった考え方は従来あまりなかったと思いますが、だからこそこうした考え方を大きく打ち出すべきだと思います。ここから発想することにより、社会は大きく変わる、つまり良い方向へ変わる可能性があるといえます。今までこういった考え方がなかったために、日本社会は労働市場(環境)の停滞から抜け出せなかったのだと思います。(発想の転換が必要)

精神障害者はマイナスだと切り捨てるのではなく、そのパワーを大きく活かすべきときが来たのです。

労働市場の死角とソーシャルビジネス

投稿日:2017年08月18日

日本の労働市場には死角がある−

「一億総活躍社会」や「働き方改革」といった言葉には、国を挙げて解決させたい課題があるという意が込められている通り、いま「働き方」を見直すだけではなく「実行力とともに変化させる必要」がある。

北海道から沖縄県までの47都道府県全体でみると、この中に、私たちが見えているようで見えていない潜在的な意志のある労働力(人的リソース)がある。これらの人々は、かなりフレキシブルな勤務体制出ないと働けない人たちだ。

例えば、「傷病の治療やガンの再発(症状含む)」を考慮しなければならない人々。

これは、ガン罹患者だけに限ったデータではないが、メンタルヘルスを必要としない「傷病」の罹患者のうち、現在仕事をしていないが「就労を希望している人」は約70.9%存在していることが明らかになっている。(参照:(厚生労働省)治療と職業生活の両立等の支援対策事業 実施委員会)人数までは算出しないが、ここでは「治療と仕事の両立」が十分ではないという事実だけに目を向けることが重要。

雇用主である企業も迅速的な対応が必要と言われている。「治療と仕事の両立の重要性に関する研修・教育の実施状況」(参照:同上)には、【メンタルヘルスについてのみ実施】が19.3%、【他の傷病等について実施】8.9%、そして【未実施】が70.4%というデータがあるように、そもそも「傷病の治療やガンの再発(症状含む)」を考慮しなければならない人々が十分に働ける環境が整っているとは言い難い内容だ。

とはいえ、一部のデータだけをみて「こんな社会じゃダメだ」ということは誰でもできる。やらなければならない事は、フレキシブルな勤務体制でなければ働けない人たちに対して、「社会復帰あるいは新しい働き方」を選択できる機会を増やす事だと考える。

フレキシブルな勤務体制でなければ働けない人たちは、「傷病の治療やガンの再発(症状含む)」を考慮しなければならない人だけでない。当然ながらこのような状況の人々には、扶養家族を介護している人や、上京してきたが「負の連鎖(東京の物価に対して収入が割安で、かつ求人ニーズ(倍率)は高いが勤務体制が頑固等)」から抜けられない若者、特別なケアが必要な子どもを持つ親やその関係者などなど、ここでは書ききれないほど沢山の属性が存在している。

このような人たちは、働く必要性が高いのに”職を見つける””生活を維持する”ことが非常に困難な環境に長年のあいだ居続けている。これらの人々の問題を解決させるために必要な要素は盛りだくさんあるだろうが、圧倒的に必要な事はカネ(お金)ではなく”フレキシブルに働ける労働環境”だ。

いやいや!すでに在宅勤務を推奨している企業は増えているし、在宅勤務(テレワーク)が可能なクラウドソーシングサービスだってある。という考え方もできるが、まだまだ「不足」していることが問題だ。そもそも、在宅勤務で十分に収入がある人たちは、いわば”高度人材”。当然ながら全員ではないが、こうした人たちは、企業からの信頼と実績があり、個人のパフォーマンスレベルが非常に高い傾向があると考える。つまり、潜在的な意志のある就労希望者を労働市場で活性化させるためには「優秀になってもらう必要がある」ということだ。ここでいう優秀とは、何も資格を取ったり大学に入学したりするということではない。【市場の要望(ニーズ)】に応え続けられる人材のことだ。

Aさん「レストランやカフェのランチタイムが混雑した時、1時間だけ働いてくれませんか?」

Bさん「いいですよ。いつでも声をかけてください。その辺のカフェで待機してますから」

こんな状況は絶対的にありえない。ただ、こんな状況を当たり前に作り出す必要が現代の日本の労働市場・労働環境にあることが事実上の課題である。上記のケースは人的リソースではなくテクノロジーなどといったシステムで解決するかもしれないが、在宅勤務(テレワーク)やフレキシブルな勤務体制を実現させるためにはこのくらいのインパクトを出せる仕組みが必要であるということだ。

ソーシャルビジネスには必ず社会的インパクトが付いてくる。誰がやるのか、いつからやるのか、それはすぐに結果がだせるのか。常に考えて考えて考え抜ける人でないと、「一億総活躍社会」「働き方改革」は名ばかり政策(施策)で終焉する。大手企業でもベンチャー企業でも個人でも良い。新しい労働市場を作り切ることで拓ける幸せが、日本国内には必ずあると言える。

社会的弱者は社会的価値を生み出せないのか?!

投稿日:2017年08月05日

社会的弱者は社会的価値を生み出せないのか?!

社会的弱者は「機会が不足」している。

一人ひとりが望む意志によって、この「機会」というものは当然ながらさまざまだろう。

 

大きい枠組みの中で考えると、断言できることがある。

それは「社会的弱者は社会的価値を必ず生み出せる」という事だ。

むしろ、社会的弱者が生み出す社会的価値は”人々の記憶に残る偉大な価値になる”と信じている。

組織(ここでは企業とする)が生み出している価値は、個がもつ価値の集結により創出されているものだという考え方がある。多様性(ダイバーシティ)という言葉が、多くの場所や機会で用いられている状況が見受けられるのも、おそらく時流なのだと考える。

個がもつ価値というと、私たちが推進している障害者アウトソーシングチームの業界である「障害者就労業界」でも日々熱い議論が行われている。(「障害者にも個性がある」「障害者には人にはない突出した能力がある」など)個の存在に対する価値をここまで熱く強くそして大切にしている業界は、可能性に満ち溢れていることに間違いはないはずだ。

では、障害者自身はどのように考えているのだろうか。当然ながら、一人ひとりが考える「価値」自体が異なるため断定的なことは言えないが、少なからず”自分(個)には価値がある”と感じられていない人が実際に存在していることは間違いない。特に、精神障害者と意見交換をするとこの事実は必ずと言っていいほど起きる。

「社会的弱者は社会的価値を生み出せるのか?!」という議論の前に、”まずは社会的弱者自身の価値を生み出す必要がある”と考えてしまうのだが、この考え方は就労(仕事)をする事に対して言えば”実にハードルが高い”と感じる。個の価値というのはまさに「実力・経験・感性」で構成される極めて少数の方々から生み出される(マイノリティ)ものである。個の価値というのは、一見誰にでもあるようで、実際には今日という1日の中で”個の価値”を感じられる機会なんてほぼ無い。だから”自分の存在価値”の是非や在り方などに苦しむ。

“知性の集結価値”という考え方がある。これは、著書「TEAM OF TEAMS(スタンリー・マクリタス)*日経BP」を拝読して得た大切にしたい考え方の一つ。この考え方は、「スティーブン・ジョンソン」の著書『創発』(ソフトバンククリエイティブ刊)と共に綴られており、女王アリによるトップダウンの司令でコロニー(巣や秩序とする)は保たれているという考え方で有名な「女王アリの神話」を挙げながら”知性”に対する考え方や価値について説いている。

*ここでは、社会的弱者をアリに例えたい訳では全くない。本質的な論点を正確に認識して頂けたら幸いです。

「スティーブン・ジョンソン」の著書『創発』によると、精密精巧に作られているアリの巣は、女王アリによる集団(そのほかのアリ達)への統制力や管理力のもと作られているという訳ではないという。どのアリにも、「食べ物の貯蓄倉庫」や「緊急脱出出口」などの機能を持たせた最適化された巣を設計する能力は無いという。

結論、アリの本能的能力やアリが残したフェロモンの種類*1(*1Johnson,Emergene,52ページ)でパターン認識しているということのようだが、ここで伝えたいことは、複雑化された”一人ひとり異なる性質や能力”は”連結”させる事が可能なのではないかという事だ。

実際に、ヴァルトジャパンと共に仕事を推進している障害者チーム間では、それぞれの特異性(スキル等)や状況(品質や納期,当事者の体調変化等々)に応じて、柔軟に相互連携が行われている。

前述した、”個の価値”を感じられる機会なんてほぼ無い。だから”自分の存在価値”の是非や在り方などに苦しむ。という内容に戻ると、この”連結”には「個の存在価値」を体言化できる要素がメチャクチャ含まれていると感じる。

現に、障害者チーム何百人が一斉に関わる大型プロジェクトでは、相互連携により見事にプロジェクトを成功へと導き、日本全国の地方都市の活性化の一助となれたと、私たちは自負している。

冒頭に申し上げたが、社会的弱者が生み出す社会的価値は”人々の記憶に残る偉大な価値になる”社会が、1歩ずつ現実社会へと姿を見せている。

 

“個がもつ価値の集結により、社会的な価値を創出する事ができる”

“個の価値は、個の相互連携により生み出す事ができる”

“社会的弱者が生み出す社会的価値は「人々の記憶に残る偉大な価値になる」”