第五回 【後編】組織変革と人的資本:統合報告書分析の専門家が語る変革の鍵
Road to IX
〜 就労困難者ゼロの未来へ 〜
Unipos株式会社 代表取締役社長CEO 田中 弦氏
VALT JAPANはNEXT HEROを通じて、日本発のインクルーシブな雇用を実現する社会インフラ作りに挑戦しています。その理想実現のため、様々なセクターの皆様と就労困難者ゼロの未来実現に向けて議論を積み重ねていきたく、対談を連載しております。 感情報酬の社会実装を目指すUnipos株式会社の田中さんにお越しいただきました。
ゲスト 田中 弦氏
Unipos株式会社 代表取締役社長CEO
ソフトバンク株式会社でキャリアをスタートし、ネットイヤーグループ創業に参画。その後、経営コンサルティング会社やネットエイジグループでの経験を経て、2005年にFringe81株式会社を創業。2013年にマネジメントバイアウトを実施し、2017年に東証マザーズに上場。同年、「発⾒⼤賞」制度をベースにUniposサービスを立ち上げ、2021年10月にはUnipos株式会社へと社名を変更し、代表取締役社長として感情報酬の社会実装に取り組んでいる。
インタビュアー 小野 貴也
VALT JAPAN株式会社 代表取締役CEO
目次
就労困難者が活躍できる新しい産業モデルを作りたい
小野
田中さんのモデルを取り入れ、就労困難者の経済的自立や自己実現を今の産業市場の中で果たしていくための新しいモデルを検討しています。
その1つとして、企業が雇用だけではなく、地域社会のまだ雇用されていない方々に対してどれだけ仕事を発注しているかや、物資を調達しているかといった指標ができればいいと思います。障がいのある方は活躍の機会が増えますし、企業は、従来の法定雇用率を達成していればOKという価値観から一歩踏み出し、潜在的な雇用機会の創出や、地域社会との連動において企業がリーダーシップを取っていく、そういう時代になっていけばいいと思います。
田中
法律や指標が社会の多様性の変化を促した例として、色々意見はあると思いますが、女性活躍推進法ができたことは評価できると思います。人的資本の開示についても、当初ここまでインパクトがあると思っていなかったんですが、今は連日「どうしたらいいですか」と相談が来るようになりました。何らかの法律や義務づけが社会に大きな変化をもたらす可能性はありますよね。
小野
私たちは今、法定雇用に寄らない「法定協働率」という新しい法制度の設計を目指しています。この新しい物差しを作ることによって、企業と就労困難者の関係は、より柔軟に、豊かになると思います。
また、一人一人がより能力を発揮し、生産性を高めていける時代になりつつありますが、この生産性が高まるという定義も、単に「1時間かかっていた仕事が10分でできるようになりました」という話ではなく、今後日本で実現していかなきゃいけないのは、付加価値をどれだけ上げていくかなのかなと思っています。
AIやロボットがもたらす効率化とコスト削減は重要ですが、やはり人間ならではの付加価値も重要だと思うんです。現在の労働ギャップが1,100万人とされていますが、これはGDPや経済の規模を維持するための数字です。これをさらに押し上げていくには、付加価値を人がどれだけ創出できるかにかかっていると思います。
企業側が決める適材適所の限界
田中
最近、富士通のCNRの方から興味深いデータを聞いたんですが、過去3年間で約5,000人が異動し、手を挙げた人は2万人にも上るというんです。富士通には国内で8万人の労働者がいて、多くの人が新しい挑戦を望んでいるということになります。それ自体もすごいのですが、もっと面白いなと思ったのは、実際に異動された中で、自分は今の仕事に合わないから活躍できていないという、ある種ネガティブに思っていた方の8割ぐらいが、異動したことによって新しい職場で能力を発揮できていると感じています。これは、従来の会社が決めた「適材適所」ではなく、自ら挑戦する環境があれば、多くの人が能力を発揮できることを示しています。この事例から、まだまだ伸びしろがあると感じています。
小野
インパクトが大きいですね。
田中
10人、20人の話ではなくて、8万人ぐらいで一斉にやったらそれだけの変化が起きたというのは、可能性を感じますよね。
小野
この事例を人的資本の観点で見ると、まさに競争力の源泉でもあるということでしょうか。
田中
そうなんですよ。会社の中の5%ぐらいの方たちは、今まで自分は活躍できてないなと思っていた人たちでした。その方たちが活躍を実感できているというのは、ものすごいインパクトですよね。そうすると離職も減って採用数も減るわけで、人件費的なインパクトもある。そういうことをやっていかないと、人を採るためにずっと採用費用をかけ続けなければいけないので不毛ですよね。
小野
富士通のケースを含めて、こういう、特に大企業が大変革していく起点となるのは、田中さんが以前から指摘している「理想の姿と現状分析」であり、このギャップを課題としてしっかり捉えるということが重要でしょうか。
課題を特定したいなら、まずは土台を再構築せよ
田中
課題と土台の重要性を強調したいです。多くの人が能力がありながらも、適切な部署にいなかったり、上意下達のカルチャーや心理的安全性の低さによって、能力を発揮できていない問題があります。例えば、自分の意見を言い出しにくい雰囲気や、女性が管理職になりにくい現状など、これらは能力があるにもかかわらず、適切な土台がないために活かされていない状況といえます。課題を特定したいなら、まずは土台の再構築が必要だと思います。この土台を変えなければ、生産性などの面でも大きな変化は望めません。組織のカルチャーや風土を変えて、もっと多くの人が能力を発揮できる環境を作ることが重要です。
小野
土台の再構築には、多くのノウハウと経験が必要だと思います。ただ、課題が分かっても、どのような土台を作るかが分からないこともありますよね?
田中
確かにあります。まずは課題と土台を理解することが大事ですが、その次はKPI設定が重要です。例えば、あるメーカーさんが新商品開発のKPI設定を検討した時、アイデアコンテストを実施したいとの話だったので、いいですねとなりました。ただ、何人参加しますかと聞くと、100人ぐらいとのことでした。1万人の会社での話です。僕だったら、将来この会社の新商品開発に口を出してみたいという人数をまず増やします。そうすると、母数が上がってくるので、参加しない方が「君たちはなんで参加しないんだ?」みたいな話になってきます。だから母数をとにかく増やします。
これは女性管理職比率でも同じで、将来的に管理職になりたいと考える人の数を増やすことが重要です。子育てなどが終わった後ならば、将来管理職になってもいいという母数を増やしておかないと、今この瞬間のKGIの女性管理職比率は、現行の制度で生まれた”男性に負けない女性たち”を拡大再生産することに焦点を充てるので、「あそこまで私は頑張れないです」という人をたくさん生むだけです。
母数が増えれば多くの人が変化するきっかけを得られ、結果的に会社の雰囲気も変わります。KPIを設定し、積極的に動かしていくことが、土台再構築の鍵です。製造業・サービス業・小売業など、各業界ごとに異なるアプローチが必要ですが、大きな方針は同じです。
小野
通常は目指すべき姿から逆算するバックキャストがよく行われますが、土台を作る際には、ただ目標を設定するだけで終わることもあります。田中さんの話は、フォアキャストの積み上げですよね。母数で大きなインパクトを出せるようなところから入って、社内の関係人口みたいなものを、とにかく増やしていって積み上げていく。とても刺激的なお話をありがとうございます。
人気企業であれば人手不足は関係ない。は間違い
小野
我々のNEXT HERO、就労困難者ゼロ社会を作っていくミッションに対して、僭越ながら田中さんの見解やアイデアを伺いたいです。
田中
最近感じているのは、猛烈な人手不足に直面している社会全体が、この問題を共に解決しようという雰囲気にまだなっていないということです。例えば、一部の代表者は「人気企業であれば人手不足は関係ない」と考えがちですが、実際は違います。大企業が経済的に多様な人材を雇用することは、社会全体に大きなインパクトをもたらすでしょう。これから人手不足がさらに深刻化する中、大企業の役割は非常に大きいと思います。ですから社会課題をみんなで解決しようという意識を持つことが重要です。
御社の就労困難者ゼロを目指すお話は、人口減少社会を何とかしたいという私の考えと近いと感じました。そういった同志を増やし、高らかにこの使命を宣言することが大切です。事業提携などの具体的なアクションがあるかもしれませんが、まずはマインドの面でシンクロしていることが大事です。そういった志を持つ人々を増やしていきたいと思っています。
小野
労働人口の減少と就労困難者問題について、もっと多くの人に知ってもらうことが重要です。小さなところからでも協力し、新しい未来に向けての社会づくりに挑戦する人々を増やしていきたいですね。本日はありがとうございました。
当対談は音声でもお楽しみいただけます。下記のSpotifyよりご視聴ください。