第一回 【前編】自立協働社会の実現と日本版インクルーシブモデル

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Road to IX
〜 就労困難者ゼロの未来へ 〜

コクヨ株式会社 CSV本部・サステナビリティ推進室理事 井田 幸男氏

VALT JAPANはNEXT HEROを通じて、日本発のインクルーシブな雇用を実現する社会インフラ作りに挑戦しています。その理想実現のため、様々なセクターの皆様と就労困難者ゼロの未来実現に向けて議論を積み重ねていきたく、この連載対談を始動しました。 記念すべき第一回にご登場いただくのは、コクヨ株式会社CSV本部・サステナビリティ推進室理事の井田幸男さんです。

ゲスト 井田 幸男氏

コクヨ株式会社 CSV本部・サステナビリティ推進室理事

人事、提案営業、マーケティング、全社構造改革の業務を経て、2021年より現職の室長に就任。 長期ビジョン『be Unique.』の実現に向け、サステナブル経営と新たな組織能力の推進に取り組み中。昨年、ダイバーシティ&インクルージョン&イノベーションを掲げ、商品開発プロセスにインクルーシブデザインを取り入れ、事業やサービスを通じた障がいの社会システム向上に向けた全社活動を立ち上げる。 仕事に向き合うコンセプトは「WORK HAPPY」。

インタビュアー 小野 貴也

VALT JAPAN株式会社 代表取締役CEO

目次

過去の自分たちの否定から始まった

小野 貴也
(以下、小野)

コクヨさんは誰もが知る一流企業、大企業ですが、大企業の中でこうした新たなサステナビリティの取り組みを推進していくのは壮大であり大変な事業だと思います。どんなご苦労がおありですか。

井田 幸男氏
(以下、井田)

弊社は明治38年の創業以来、お客様に支えられて100年以上経ちましたが、今までの延長線上では無理だと仮定した場合、今までの当たり前や価値観は疑わないといけません。しかしそうなると、ある意味で過去の自分たちを否定する。自己否定をするというところが一番苦しんでいるところです。

小野

これまでのやり方の否定から入るというのは簡単にできるものではないですよね。

井田

はい。ゼロベースと口にするのは簡単ですが、じゃあ今まで一日8時間かけてやっていた仕事が急になくなる訳でもないですし、自分の中でそれをどうデザインしながら再構築するかというのは、これからの時代、非常に大事だと思っています。

「コクヨ長期ビジョン2030」について

小野

そしてコクヨさんの未来戦略でもある「コクヨ長期ビジョン2030」を拝見し、たくさん学ばせていただきました。こちらはどのような経緯で作られたのでしょうか。

井田

一年ぐらい経営陣と取り組んできたんですが、最初は「今後どんな社会がやってくるのか」というのをみんなで議論しました。その中で「自律型協働社会」がおそらくやってくるだろうと予測し、進めました。言葉だけ聞くと抽象度が高すぎてわかりにくいと思いますが、今目の前で起きていることで言いますと、例えば働きながら大学に行くですとか、一つの会社に勤めながら他の会社でも仕事をするなど、副業も増えてきました。

つまりー個人が自律をしながら、新たなクリエーションをしていく。そしてそれが当たり前になった社会を自律型共同社会と我々は定義しました。
そしてそのような社会の中で、コクヨが認められるには、我々の事業領域であるライフとワークを、”ワクワクしたワークとライフ”として予告することで未来を示し、そこに共感、共創をしていただく。このようなことを実現できる組織やチームであろうと長期ビジョンの中で決めました。

小野

「自律型の協働社会」という言葉が生まれるまでにもさまざまな議論があったと思いますが、少し教えていただけますか。

井田

実は一年ぐらい前に世の中の企業がよくやってるようにSDGsを実現するためのマテリアリティというのをきちんと手法に基づいて一度決めたのですが、何となく自分たちの中で納得する面と、ちょっとしっくりこない面がありました。

何がしっくりこなかったかというと、そもそも僕たちは、何をどう目指すのか。例えばですが、SDGsのために事業活動をするのか、あるいは僕たちが信じていることをやれば、必ず社会のお役に立っていい未来を作ることができるようになるのかというと、やはり後者のアプローチに変えないと、僕たちが腹落ちをして多くの従業員や社会の皆さんと活動することができないなと。結局持続的じゃないなと思ったんです。

一度決めたものを改めて自己否定して、より僕たちコクヨらしいアプローチはどういうものなのかと議論を重ねました。一旦は社会に公開しましたので、それをまた自分たちで否定して一年後に公開するという意思決定にはすごく議論がありましたね。

小野

一度決定されたものを改めて自己否定したというエピソードは、弊社もですが、多くの経済活動にとって重要なポイントであると感じました。この一連のプロセスで、何か良い効果はありましたか。

井田

一番は僕たちの納得度が高まりました。納得度が高まると行動に移すためのバリアが減っていきますし、実践に向けた「よしやろう!」という行動に向けたチームになっていったと思います。

先程のマテリアリティやSDGsのための重点項目を立てるというのは、ある意味で社会からの要請として”せねばならない”という既定演技に近い、責任と義務のようなアプローチだと思います。でも先程の長期ビジョンなどは主語が全く違って、社会から要請される規定演技ではなく、”我々の内から出(いづ)る”、何をしたいのか、どういう社会課題を解決していきたいのか、そのためにチームとしてどうありたいか。といったことをもう一度考え直す機会になりました。

「ワクワクする未来をヨコクする」

小野

御社のホームページでは、未来シナリオとしての自立協働社会のほか、存在意義、パーパスとして「ワクワクする未来をヨコクする」とあります。こちらはより具体的に言語化されていて勉強になりました。

井田

ありがとうございます。こちらも経営と多くの戦略メンバーが関わって紆余曲折を経ながら一年ぐらいかけて決めました。
「コクヨとヨコク」と言うと、少し語呂合わせ的な印象を持たれると思いますが、僕たちとしては”ヨコク”という言葉にこだわりを持っています。我々がヨコクという言葉に込めた意味というのは「思い描いたものをきちんと言語化する」ということと、「言語化した後に実践をしてみる」ということを自らに課すということです。
これは我々がずっと「おそらく次の働き方がこうなるよね」と考えて、そのコンセプトをライブオフィスで実験してきた歴史的流れがあります。
今では当たり前になったフリーアドレスのような、どこで働いてもいいというコンセプトは、二十年前には当たり前ではなかったですよね。
おそらく今後こうなるだろうとヨコクし、我々のオフィスで実験をしてみて、それを見る方がリアルな場や、弊社社員の行動を見ることで、自分事としてぐっと近くなります。そうすると何がいいかというと共感をしていただく方が増えるんです。
「ヨコク」という言葉には、そういった言葉に表わして何か形にして、僕ら自身が実践をしてみて、それをオープンに広く多くの皆様に公開する、そんな意味を込めています。
そしてこの一連の取り組みについて社内外から賛否も含めて意見をいただいて、一緒に世の中の社会システムを変えていこうとしています。

小野

コクヨグループが目指す未来ビジョンに示された今後の変化について、多くの社員の方々が、資料や言葉だけでなく実際のライブオフィスなど実際に見て触って経験しながら、未来ビジョンに共感できる環境や機会があるというのは、心打たれました。
ビジョンは、具体的に自分たち一人ひとりがそのビジョンにどのように貢献していくのかがイメージしづらい場合も多いですし、コクヨグループさんの取り組みは斬新で、力強さを感じました。

井田

なんだか良い部分だけのお話に聞こえてしまったかもしれませんが、例えば、ヨコクをして実験をするというのも、当然ですが失敗もします。時間もかかりますし課題も見つかります。例えばフリーアドレスでいいますと、デスクの数を500台使っていたところが300で済みますと言うと、「コストダウンのためにフリーアドレスを取り入れて、僕たちはその材料に使われたんですか」と言う従業員がいました。デスクが500から300しか要らないというのは事実ですし、どこでも働いていいんだよ、そういう自由度を皆さんに持ってもらい、皆さんが自律的に働けるようにするんだよという思いも事実です。
でも言っていることはわかるけど、そんなのどうしたらいいか分からない。どうしたら良いんですかと。そのような問いが出てきます。

小野

当然ハードが変わればソフトも連動して色々な問題や課題も出てくるんですね。井田さんは今のような課題に対してどのように向き合い、突破してきたのでしょうか。

井田

今問われてハッとしましたが、やはりオープンであるということが一番だと思います。
みんな困っている中でも知恵を集めて、一丸となって取り組まないといけません。妙薬があるわけではないので、やはり非常にオープンかつフェアであるというのが重要だと思います。

新しい指標で企業価値を生む

小野

コクヨグループの長期ビジョンに対して、ステークホルダーからはどのような反応や評価がありましたか。

井田

昨年末に15社ぐらいの機関投資家の方と弊社IRメンバーと一緒に対話をさせていただく機会があったのですが、その中で一番受けた質問は、こういう長期ビジョンやサステナブルのような非財務的な社会価値をどう経済価値に変化させていくのか、その転化シナリオをクリアにしてほしいというものでした。

小野

経済性とその社会性の両輪を回していく経営に、より一層注力していくということだと思いますが、この二つの特性を両立させていくっていうのは非常に難しいですよね。

井田

本当に難しいですよね。もうほぼ不可能に近いんじゃないかと思います。(笑)ただ難しいと言いましたけども、僕自身は信念みたいなものが自分の中でははっきりしていて、いつか経済価値に繋がるという自信みたいなものがあるんです。それはなぜかというと、VALT JAPANさんもそうですし、他の企業さんもそうですし、弊社もそうなんですが、過去にやってきたことが全て財務価値だったのか、社会価値がないものを大量生産で売っていて、それだけでメーカーとして収益をあげていたのかと考えると、多分そうじゃないと思うんです。例えば我々で言うと戦後、和式会計が洋式会計になるときに今まではオーダーメイドであった帳簿をレディメイドで安く、いろんな人が会計システムを使えるようにということで帳簿、領収書を作りました。我々は帳簿とか領収書というプロダクトをアウトして収益をいただいていますが、もう少し大きく広く捉えると、日本の会計システムを民主化するということに対して幾ばくかの貢献ができたのではないかと思います。同様のことは、いろんな企業さんで行ってこられたと思います。
ただ難しいのは現代は短期のPLとBSの中で残念ながら企業価値が評価され、その評価の反映として株価みたいなものに資本主義が仕組まれている中で、それとは別の長期に対しても投資やアセットを張っていく。それはおそらくPLでいう営業利益をその瞬間では生んでいないので、その時間軸の説明はどうしていくかという課題があります。
ただ、逆に言うとそこを経済価値として説明責任を果たすよりも、社会が今後変わることによって自分たちが貢献できるので、存在意義のある企業として社会から生かしていただけるであろう。その結果収益が生まれるんじゃないか。そのようなことを説明できるといいですよね。

小野

大変勉強になりました。今後もコクヨグループさんのESG経営を含めサステナビリティ経営にますます注目したいです。

対談の後編では、

  • 「労働人口減少問題」と「障害者雇用」
  • 日本版インクルーシブモデルを作りたい <インクルーシブ雇用2.0>

について語ります。


当対談は音声でもお楽しみいただけます。下記のSpotifyよりご視聴ください。