第三回 【前編】マイノリティの視点がメジャーチェンジを起こす
Road to IX
〜 就労困難者ゼロの未来へ 〜
コピーライター / 世界ゆるスポーツ協会代表理事 澤田 智洋氏
VALT JAPANはNEXT HEROを通じて、日本発のインクルーシブな雇用を実現する社会インフラ作りに挑戦しています。その理想実現のため、様々なセクターの皆様と就労困難者ゼロの未来実現に向けて議論を積み重ねていきたく、対談を連載しております。 第三回にご登場いただくのは、コピーライターで、世界ゆるスポーツ協会代表理事でもいらっしゃる澤田智洋さんです。
ゲスト 澤田 智洋氏
コピーライター / 世界ゆるスポーツ協会代表理事
2015年にだれもが楽しめる新しいスポーツを開発する「世界ゆるスポーツ協会」を設立。これまで100以上の新しいスポーツを開発し、20万人以上が体験。また、一般社団法人障害攻略課理事として、ひとりを起点に服を開発する「041 FASHION」、ボディシェアリングロボット「NIN_NIN」など、福祉領域におけるビジネスを推進。著書に『ガチガチの世界をゆるめる』(百万年書房)、『マイノリティデザイン 弱さを生かせる社会をつくろう』(ライツ社)がある。
インタビュアー 小野 貴也
VALT JAPAN株式会社 代表取締役CEO
目次
自分と同じようなコンプレックスを抱えている人を言葉で抱きしめたい
小野 貴也
(以下、小野)
私は澤田さんの『マイノリティデザイン弱さを生かせる社会をつくろう』の書籍を拝読して、「すべての弱さは社会の伸びしろ」というキーワードが心に響きました。澤田さんがこの書籍を出版するに至った経緯を教えていただけますか。
澤田 智洋氏
(以下、澤田)
まず僕自身がすごく弱者というか、できないことが山ほどありました。スポーツも勉強も苦手、字も絵も下手、「The・ダメ人間」。加えて幼少期は海外暮らしだったのですが、アジア人ということで、疎外感を感じることも少なくありませんでした。自分自身が弱い立場にあったので、大人になって働く立場になったら、マイノリティの方々の方を向いて仕事したいなと思うようになりました。その中でコピーライターという仕事を知って、言葉を通じて商品を売ったり、企業を好きになってもらったり、ひいてはいい社会を作るという責務があるのかなと思った時に、言葉だけは好きだったので、言葉で自分みたいなコンプレックスを感じている人たちの背中を押したいとか、抱きしめるような言葉を書きたいと思って、キャリアをスタートしました。
だけど、コピーライターが社会の視座を上げたり、社会を良くする言葉たちを求められ、紡ぎ出せていたのは1980年代ぐらいまでで、実際僕が会社に入った2004年頃にはそういったコピーライターの仕事はほとんど求められていなくて、企業はもっとコピーで物を速攻で売ってくれみたいなオーダーが多くなっていました。もちろんそれもすごく重要なんですが、射程が狭いというか、ちょっと違うなと思っていた時に、息子の障がいがわかり、改めて初心に返って、そういう方々を中心に社会を作り直すってことをやりなさいと言われているのだと勝手に解釈して、福祉の世界に飛び込びました。その経緯をまとめた一冊です。
小野
コピーライティングのお仕事は、「目に見える形」で表現されることが多いと思います。息子さんが視覚に障がいを持って生まれたことで、自分の仕事を子どもに見せられないという葛藤があったと思うんですが、そういった葛藤を経て次のステップに進もうと思った、大きな動機とか原動力になったのはなんだったのでしょうか。
マイノリティの目を入れることでメジャーチェンジが起きる
澤田
僕は障がいのある人たちに片っ端から会いに行った時期があったんですけど、それは息子に障がいがあるものの、障がいのある方が置かれた状況を肌感覚として分からなかったので、とにかく色々教えてください、助けてくださいとお願いしました。そうしたら皆さんが、障がいをきっかけに色んな発明品が作られているとか、面白い話をたくさん聞かせてくれて。例えばお馴染みのセブン銀行のATMですが、設置当初ユーザーの満足度がめちゃくちゃ高かったんです。なぜかというと、設計を障がいのある方たちと作ったからなんですって。
車椅子の方に使いやすい設計なので、ATMの高さは腰が曲がったおばあちゃんでも使いやすいとか、目が見えない方も巻き込んで設置した受話器での通話機能は、海外から来た方も助かっているとか。そういう実例も含めて聞いて、なるほどなと。
広告の仕事をやるなかで、どの企業も売上に即反映する成果を出してと言うんですけど、マジョリティを中心にマーケティングをしていると限界が訪れるよなと思ったんです。現代では、もはやマジョリティの最低限のニーズやウォンツは満たされているから、深刻な困りごとってないんですよね。
仕事で色々なメーカーのユーザー調査にたくさん立ち合ってきたんですけど、例えばある洗剤についてユーザーの主婦10人ぐらいを集めてグループインタビューする際に「我が社の洗剤で困っていることはないですか」と聞いても、何もないんですよ。
そうすると、みんな重箱の隅をつつくんです。「パッケージのここの色味が」とか、そんなの本質じゃないですよね。だけど、それを聞いたメーカーの人はそれを受け止めて「じゃあこのパッケージの色味を変えましょう」となるわけです。ある程度完成された社会や商品やサービスが溢れる中、マイナーチェンジを繰り返すだけだと経済も停滞するなと思いました。
でも、新たにそれまで排除されてきたマイノリティの視点を入れると、明後日の方向から意見が飛んでくる。例えば花王が切り噴きタイプの「アタックZERO(ゼロ)」を開発した際に、それまでの洗剤って、キャップで計量するじゃないですか。このやり方だと、片腕の人は量れなかったり、目が見えない人もわからない。それに筋力が弱ってきた高齢者も使いづらいんです。花王は開発当初からそういうユーザーを巻き込んで作ったから、ワンハンドの切り噴きタイプの洗剤を作って大ヒットしたという話を聞きました。マイノリティの目を入れることで、マイナーチェンジじゃなくてメジャーチェンジが起きる。逆にマジョリティだけでやっていると、マイナーチェンジしか起こらない。そういう構造が見えた時に、自分の息子も社会にメジャーチェンジを起こせる立場なんじゃないかな、と思って。
そこが結構僕の中で、コロンブスの卵じゃないけれど、世界が反転した瞬間です。障がいのある息子を守らなくちゃとか、自分の中でも偏見・バイアスがいっぱいあったから、「僕が頑張らなくちゃ」みたいに思っていたんですけど、今は逆で、いかに彼ら彼女らの視点を社会に生かすか、むしろ助けてくださいと思っています。そこから風向きが変わりましたね。
小野
心打たれるお話ですね。マイノリティの世界・領域というのは、本当にビジネスチャンスが豊富ですし、一方で大量生産は悪だ、という風潮もありますが、澤田さんのお話のようにメジャーチェンジが起きれば、それまで使うのをためらっていた多くの人が使えるようになります。そうすると大量生産も一概に悪ではない世界もあるんだなと感じました。
トップではなくポップを目指す
澤田
そうなんです。今の世界を別に全否定する必要はないと思っていて、そこにうまくマイノリティの視点を掛け合わせれば、よりイノベーティブでインクルーシブな世界が生まれると思います。基本的に僕は否定をあまりしたくなくて、例えばゆるスポーツっていうのをやっているんですが、よく「既存スポーツのアンチテーゼなんですね」と言われるんですけど、いやアンチじゃないですよと。
僕が説明しているのが、スポーツっていう山があった時に、既存のスポーツっていうのは上へ上へとトップを目指す動きをしています。アスリートでいうと、1秒でも速く、1センチでも高く。球団のオーナーとかであれば、観客同員層1人でも多く、年間の売り上げを1円でも、という力学が働きます。
一方僕らは「目指すのはポップです」と宣言しています。それは裾野を広げる、と思っていただけたらと思います。スポーツという山で考えた時に、垂直と水平、両方のベクトルが必要だと思うんです。上に引っ張るだけだとグラグラになるし、地面ばかり広がっても全然高くない。だからトップとポップの補完的な関係なんですと話をするんです。
だから、僕は自分がやっていることを「重ね書き」と言っています。「(既存のスポーツ界を)破壊していますね」みたいによく言われるんですけど、全く壊していません。
これまでスポーツ界が積み上げてきた偉大なる功績の上でポップスポーツをやっているだけだし、そこにマイノリティの目を上書きとか、重ね塗りすればいいんじゃないかなと思っています。なぜそういう手法を取っているかというと、単純にその方がコスパが良いからなんです。反対勢力と戦うコストってすごく高くつくんですよね。時間もお金もめちゃめちゃ勿体ない。社会を変える気概はありますが、その際に「壊す」とは絶対使いません。あえて「ゆる」って掲げている理由もあって…。
「ゆる」っていい意味で人を油断させる言葉なんですよ。
小野
確かに。
澤田
本当に社会を変えようと思ったら、しなやかにやっていく必要があるから、その姿勢を忘れないためにも、自分の事業の冠に「ゆる」とつけて、補完的にやっていくぞ、みたいなことを意識しています。
狙うは35億人の巨大市場「世界ゆるスポーツ協会」
小野
「世界ゆるスポーツ協会」はなぜ「世界」がついているのでしょうか。
澤田
これには2つ理由があって、実は初めからグローバルビジネスを狙っていました。これまでのスポーツビジネスは欧米が作ってきたスタンダードやカルチャー、ビジネスモデルの上に成り立っていて、日本は常にフォロワーの立場で、色々な意味で不利なんです。だからこそ、今こそ日本にしかできない発想で世界に新しいスポーツカルチャーを広げたいと思ったので「世界」といれました。
もう1つは、基本的に僕らのビジネスはスポーツが苦手な方が顧客で、そうした方は日本だけじゃなく世界中にいます。スポーツ庁が実施しているスポーツ実施率を見ると、成人した日本人の約4割が日常的にスポーツをしていなくて、4500〜5000万人が僕らの顧客なんです。
さらに世界に目を向けてみると、単純計算で30〜35億人もいるんです。マーケット規模が全然違って、そちらも見据えた方がビジネスチャンスが多い。しかも、そこは当然ながら既存のビッグブランドは手付かずなんです。既にランニングが好きでたまらない人に向けて「もっと良い靴ありますよ」といった方がマーケティング的には戦略も立てやすいし、売り上げの見通しも立ちます。大企業はみんなそこを目指しますよね。僕たちのような見通しが立たないビジネスって、手を出しにくいんです。
もう一つ付け加えると、日本から新しいビジネスの形を作りたいとずっと思っていました。日本は特長がいくつかあるんですが、個人的には「バリエーションとディティール」だと思っています。どういうことかというと、日本は0→1で何かを作るのは不得意だけど、ディティールを詰めていって別のものに変えたりとか、バリエーションをすごい種類揃えるなどはすごく得意なんですよね。だからスポーツ×バリエーションとディティールというのを根幹に置くと、日本らしさも出せるんじゃないかなと思って、そこはすごく意識しました。
僕らは現在110の競技を作っていますが、それは日本的バリエーションの発想です。八百万的な考え方がそこにあったりとか、ルール設計も1個1個のスポーツ用具とかも、かなり丁寧にディティールをつめています。これは多分他国ではなかなかできないと思います。日本独自のクラフトマンシップとかテクノロジーとかメンタリティが入ってきているので、そういうもので世界に打って出ると、これは勝てるチャンスがあるんじゃないかと。
その足がかりとして、2019年にバルト三国のエストニアに「エストニアゆるスポーツ協会」というのを作りました。エストニアは超電子国家で、何でも電子化されていて、学校からの配布物はもちろん、婚姻登録だろうが自動車の売買だろうが、全部デジタルでできてしまう。エストニアに住んでいなくても国民になれるんです。僕も電子国民なんですけど、国自体がベンチャーみたいなところだから、そこと組むのはすごくスピードが速そうだなと思い、ヨーロッパの支部としてエストニアゆるスポーツ協会を置き、色々な体験会とかをやっています。
小野
海外と日本の反応の違いはありますか?
澤田
海外の方が反応がいいですね。なぜかというと、日本はやはり体育のイメージが強くて、特におじいちゃんたちにゆるスポーツを見せると、みんなひっくり返りそうになるんですよ。「これはベビーバスケといって、ボールが赤ちゃんみたいに泣くんですよ」といったら、「こんなのスポーツじゃない!」といわれたこともありました。
海外の方がスッと「これは楽しいじゃん」みたいな反応です。だから、むしろ海外の方が可能性があるんじゃないかなと思っています。
対談の後編では、
- 「弱さ」がもつ吸引力
- キャッチコピーではなく、キャッチ概念が人を動かす
- それぞれの“特別”を起点に仕事を再発明
について語ります。
当対談は音声でもお楽しみいただけます。下記のSpotifyよりご視聴ください。