第四回 【前編】ロボット研究の第一人者が語る「アバターと生きる未来の社会」
Road to IX
〜 就労困難者ゼロの未来へ 〜
大阪大学基礎工学研究科教授 AVITA株式会社代表取締役 ATR石黒浩特別研究所客員所長 大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー 石黒 浩氏
VALT JAPANはNEXT HEROを通じて、日本発のインクルーシブな雇用を実現する社会インフラ作りに挑戦しています。その理想実現のため、様々なセクターの皆様と就労困難者ゼロの未来実現に向けて議論を積み重ねていきたく、対談を連載しております。 第四回にご登場いただくのは、大阪大学基礎工学研究科教授の石黒 浩さんです。
ゲスト 石黒 浩氏
大阪大学基礎工学研究科教授 AVITA株式会社代表取締役 ATR石黒浩特別研究所客員所長 大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー
アバター、知能ロボット、芸術、哲学に興味を持つロボット学の研究者。2011年、大阪文化賞受賞。2015年、文部科学大臣表彰受賞およびシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム知識賞受賞。2020年、立石賞受賞。著書に『ロボットとは何か』(講談社現代新書)、『アバターと共生する未来社会』(集英社)など。
インタビュアー 小野 貴也
VALT JAPAN株式会社 代表取締役CEO
目次
研究のモチベーションはロボットよりも人への興味
小野 貴也
(以下、小野)
石黒先生といえばアバターと、社会的にも非常に有名ですが、まず本日、石黒先生がこれまでどのような活動を行ってきたのかということと、どういった世界を目指されているのかというのを最初に少しお話聞かせていただけますでしょうか。
石黒 浩氏
(以下、石黒)
私は20数年前からロボットやエージェントの研究を進めてきました。初期の頃は、自動運転や産業ロボットの研究が主流でした。アニメなどを通して私たちが親しんでいる日常でのサポートロボットというのは、実は新しい研究なのです。日本では2000年頃から社会でのサポートやアバターとしてのロボットの研究が始まり、私もさまざまなロボットやエージェントの技術を開発し、それを通じて社会に変革をもたらそうとしてきました。
小野
石黒先生の社会問題に対する視点や論点に大変学ばせていただいています。ここに行き着いたきっかけを教えてください。
石黒
私はもともとロボットに強い興味があったわけではなく、人に興味があるんです。自分とは何か、人間とは何か、と。人間が生きている意味というのは、結局人を理解することにあるのだろうと思います。世の中には様々なビジネスがありますが、ビジネスの向こうには必ず人がいます。人を深く理解できたビジネスこそが人に受け入れられ、世の中を変えていく。つまりビジネスや科学技術というのは全て「人に向かっている」と思っています。
私はその中でたまたまコンピュータを勉強して、AIを勉強して、ロボットを勉強して、さらにロボットを通して人を理解するという意識で、ずっと研究開発をやってきました。最近アバターに注目が集まってきましたが、特にコロナ禍でリモートで働くことが多くなったことで、アバターが社会の中で受け入れられる風潮ができつつあります。それはつまり、これまでの私の研究が社会でも役に立つ可能性が出てきたということでもあります。そんな背景から、アバターの研究開発に注力しています。
アバターは人の代わりにデジタル空間で色々な活動をするわけですが、従来の人間の課題を解決してくれる側面もあります。
例えば、足の悪い人がアバターに乗り移って働けば、足の悪いことなど気にせず自由に働けます。世の中には多様な差別がありますが、大抵、肉体を気にするんですよね。肌の色が違うとか、足が悪いとか、目が見えないとか、大部分が肉体的な問題です。そういうものを全部克服するのがアバターだと思っています。
人間はテクノロジーと融合し能力を拡張する生き物
石黒
そもそも人間というのは、テクノロジーと融合して能力を拡張する生き物です。そこが動物と違うところ。人間はテクノロジーで能力を拡張することができ、それはある意味で進化といえます。その能力拡張のスピードは、遺伝子変化による進化よりもはるかに速いです。
例えば月に行こうと思ったら、ロケットの技術で月に行けるわけですが、これをもし遺伝子改良で実現できるかというと、おそらく無理でしょう。例えば、アメリカにいる人と話をしようとした時に、遺伝子を改良しても、話はできないと思います。でも、携帯電話があれば話ができるわけです。そういうふうにしてテクノロジーと人間は融合して、その能力を拡張してきています。もっとテクノロジーを発展させて人間と融合して、テクノロジーとともに人間が能力を拡張していくことができれば、差別のない、みんながもっと充実した世の中になるんじゃないかなと思います。
小野
テクノロジーを活用して、人間の能力を拡張していくという考えですね。さらに石黒先生は著書の中で”個の拡張×社会の仕組み”についても言及されていらっしゃいます。ここの仕組みづくりもセットで、社会や日本、日本や世界、そして社会が変わっていくんだと。
石黒
私は1997年頃に、今よりシンプルではありますが、最初のロボットのアバターを提案しました。そこから10年ほど経った頃、世界中でロボットのアバターに乗り移って働こうみたいなブームが一瞬あったんです。ただ残念なことに、その頃はリモートワークが社会の中で許容されていなかったんです。いろんなトライアルはあったんですが、結局、ロボットに対する警戒心というか、素直にそういったものを受け入れるような雰囲気にはなりませんでした。
ところがコロナ禍になり、リモートワークが当たり前、Zoomで仕事をしようが、CGのキャラクターのコスプレをしようが関係なく、みんな自由に働けるようになりました。社会の土壌が整ってきたので、これから本格的に変えていくことができるのかなと期待しています。
このことはつまり、私自身が何かを変えたというよりも、色々なことが要因で変わったんです。例えば、インターネットもそうです。ある時、突然普及するんですよね。良い技術があったら、それがすぐに世の中を変えるというものでもない。テクノロジーが世の中に受け入れられるには、世の中で何かイベントが起こっているとか、そういうきっかけやタイミングがないと、なかなか普及しないんです。そういう意味では、コロナ禍は悪いことばかりじゃなく、我々の意識を変える、社会を変える、大きなきっかけを作ってくれたのではないかと思います。
技術が世の中に受け入れられるタイミング
小野
石黒先生は「人の意識の変化とテクノロジー」と「技術の進化」、どちらの方が社会変革に影響すると思われますか。
石黒
最も重要なのは、世の中の人が意識を変えるかということです。世の中が変わる直前は、技術はあるけれど、まだなんとなく抵抗感がある状態といえます。でもあるとき、誰かが使い始めて急激に広がるということが起こる。例えば、飲食店でのタブレット注文は一気に広まりましたよね。それまでもタブレットの技術はありましたが、徐々に普及するんじゃないんですよ。あるとき誰かが使ってみて、これいいなと思ったら急激にドンと普及する。そういうのが社会がその科学技術を受け入れるということなんです。だから技術開発だけやっていてもダメで、タイミングや世の中の様子を見て、どういうプロモーションの仕方をしていくかという戦略がすごく大事だとと思っています。
小野
ロボットと人間の関係において、どういったタイミングが今後訪れると、一気にいわゆる共生社会が実現するのでしょうか。
石黒
私はロボットはまだ先だと思います。AVITAでもロボットは最初やらないと決めました。というのは、ロボットはコストがかかるんです。あと壊れる。世にあるものはすごく単純な仕組みのものがほとんどです。ロボットがちゃんと働いているのは工場の中なんですよね。人間が入らない、入れない場所で、頑丈で力強いロボットが働いている。それが現状です。
人間が触っても安全なぐらいのロボットだと壊れやすく、今までロボットを普及させようといろんな会社がチャレンジしてきましたが、結局、普及は十分にはしてないわけですよね。なぜ上手くいかないかというと、ロボットじゃなきゃダメだというものがないからです。ロボットの中には何でもできる便利なものもありますよ。でも結局、何に使うのかわからない。
その中で唯一、AIBOなんかは生き残っていますけど、これはペットですって明らかに言い切っています。ロボットのペットと生きているペット、どっちが好きですかって。私はロボットの方がいいっていう人は使うんです。大事なのは、ロボットに何をさせるかを先に定義して、その後にロボットを普及させるという順番です。僕はそれをアバターで仕掛けようと思っています。CGのキャラクターでいいので、そういったものに乗り移ってみんなが自由に働けるようになる。そういう世の中が作れたら、CGのキャラクターのアバターがどんどん普及しますよね。その中で付加価値の高いものがロボットに変わっていくというようなシナリオだと思います。マーケットを先に作る。そこがすごく重要です。
アバターによって世界中の就労が変わる
小野
マーケットを作るというのは、我々が気づいていない、または気づきづらいような埋もれている社会問題を顕在化させ、しっかりと見える化していくことがセットだと私は思っています。また、石黒先生がおっしゃったテクノロジーで人間の能力を拡張していくことによって、身体的、心理的、双方の問題を解決するポテンシャルがあるとも思います。その他にどんな社会問題が解決できそうでしょうか。
石黒
アバターを使うと就労が変わると思います。例えば、労働基準法や労働に関する法律は、国単位でしか定めていません。アバターだったら、昼は日本で働いて、夜はアバターでアメリカで働くとかできるわけです。例えば、今、コンビニで夜働いてもらう人を探すのは大変ですけど、アバターだったらアメリカの昼間にアバターを使って日本の夜に働くなんてことができるわけですよね。ブラジルとか日系の方が多いところだったら、日本語を喋れる人が多いですから、そういう人が時差を利用して働けます。そうなると国を超えて働いているので、労働基準法ってほとんど意味なくなっちゃうわけですけど、いくらでも働いちゃうわけですよね。そうするとアバターを提供する会社の方が、アバターを使って働いている人の健康管理をちゃんとしなければならなくなります。そうなると、世の中は国に守られていた時代から、どんどんテクノロジーに守られていくような時代に変わっていくのかなと思います。
小野
そういうことですよね。今もうここ10年ぐらい働き方改革が大きく掲げられていますが、まさにアバター、ロボット、テクノロジーが人間とコラボレーションしていくことによって、働き方のみならず生き方そのものが大きく変わっていくような気がします。
石黒
ただ日本が良くないのは、テクノロジーが進んでいるにも関わらず、法律は全然変わらないので、せっかくのテクノロジーが使い切れていない現状が起きています。過去にはコンピュータの技術で日本は多国より進んだ部分がありましたが、一方で社会の中で新しいチャレンジをさせようとしなかったせいで、今や諸外国に遅れをとっています。国が主導するとしたら、例えば資金を提供したりするのは大事ですが、法律のことは特区のようなものを作って、既存の法律に縛られずに自由にやりなさいと言うことが大事だと思います。
例えば、アバターを使って外国で働きたいと言ったときに、途端に「それなら日本は関係ありません」というのでは困る。そんな中途半端な働き方改革ではお粗末です。働き方を変えるということは、国の概念だって乗り越えながらいろんな働き方をするということですよね。国が支援するといった途端に、国単位でしか考えないというのは全然未来がない。支援すると決めたら、国の概念を取り払って、もっと未来を見ながら支援してもらえるといいなと思います。
対談の後編では、
- プロダクトアウトからの脱却 ―研究者からの視点転換―
- “概ね多くの人に最適”から“全体が進化”の時代へ
- ビジョンを描く責任
- パビリオンで示す未来像
- バーチャライズ・リアルワールド(仮想化実世界)がもたらす自由な世界
について語ります。
当対談は音声でもお楽しみいただけます。下記のSpotifyよりご視聴ください。