第七回 【前編】「自分の意志で働く」社会を実現する
Road to IX
〜 就労困難者ゼロの未来へ 〜
ジャーナリスト・前Business Insider Japan統括編集長・AERA元編集長 浜田 敬子氏
VALT JAPANはNEXT HEROを通じて、日本発のインクルーシブな雇用を実現する社会インフラ作りに挑戦しています。その理想実現のため、様々なセクターの皆様と就労困難者ゼロの未来実現に向けて議論を積み重ねていきたく、対談を連載しております。 今回はAERA元編集長で、ジャーナリストとして「ダイバーシティ」や「ジェンダー」について様々なメディアで発信されている浜田敬子さんをゲストに迎え、女性と仕事にまつわる問題意識が時代と共にどのように変化してきたか、浜田さんの原体験を交えてお話しいただきました。
ゲスト 浜田 敬子氏
ジャーナリスト・前Business Insider Japan統括編集長・AERA元編集長
1989年に朝日新聞社に入社。週刊朝日編集部を経て、99年からAERA編集部。副編集長などを経て、2014年からAERA編集長。2017年3月末で朝日新聞社を退社し、世界12カ国で展開するアメリカの経済オンラインメディアBusiness Insiderの日本版を統括編集長として立ち上げる。2020年末に退任し、フリーランスのジャーナリストに。「羽鳥慎一モーニングショー」「サンデーモーニング」のコメンテーターを務めるほか、ダイバーシティや働き方などについての講演多数。著書に『働く女子と罪悪感』『男性中心企業の終焉』などがある。
インタビュアー 小野 貴也
VALT JAPAN株式会社 代表取締役CEO
目次
2040年には労働者が1,100万人不足する
小野 貴也
(以下、小野)
今回お迎えするゲストは、ジャーナリストの浜田敬子さんです。読者の方にご紹介すると、浜田さんは『Business Insider Japan』の前統括編集長、そして週刊誌『AERA』(朝日新聞出版)の元編集長でいらした方でもあります。
浜田 敬子氏
(以下、浜田)
私の取材の中心テーマは「ダイバーシティ」や「ジェンダー」なのですが、就労困難な障がいや難病のある方をはじめ、この国では女性の能力も長く評価されてこなかったと思います。働く女性の半分が非正規雇用と言われていて、男女の賃金格差も非常に大きい国なんです。一方で、労働者不足、人手不足とも言われ続けています。リクルートワークス研究所によると、「2040年には1,100万人を超える労働者が不足する」という試算もある中、ダイバーシティをテーマとする講演では、いつも「まず、目の前にいる宝物を探しませんか?」とお伝えさせていただいています。その宝のひとつが、女性だったり、高齢者だったり、障がいや難病のある方、もしくは外国人の方だったり。潜在的な能力や可能性を持った人々も働きたいと思っている人も目の前に多くいるのに、見ていないという状況があります。ですからVALT JAPANの取り組みは、まさに企業側にとっても、人材不足や労働力不足を解決する一助になるのではないでしょうか。
小野
ありがとうございます。「1,100万人足りなくなる」というお話はまさにインパクトがあって、これに平均賃金をかけると約50兆円規模になってきます。ざっくり調べたのですが、例えばスーパーマーケットや医薬品、介護は10兆円市場と言われています。ですから50兆円規模というと、それらの巨大な産業が一瞬でなくなるぐらいのインパクトになってくる。
浜田
逆に言えば、50兆円市場の人たちの雇用を生み出すことができれば、解決に近づきますよね。今の日本はGDPもドイツに抜かれて、一人あたりの生産性や競争力も落ちてきています。もちろん、国のGDPのために働くわけではないですけれども、先ほどの「働きたいのに働けない」という、そういう宝物のような人たちに働く場を提供して、自分の能力がちゃんと評価される世の中になれば、それが50兆円の経済効果につながるのではないでしょうか。
他国を取材して見えてきたのは、一人ひとりに対してきちんと支援をすることで、その人の能力を引き出すインフラが整っている、という点でした。人口の少ない国では、特にそれが競争力の源泉になっています。例えば、国際的にも競争力が最も高い北欧の国としては、デンマークが挙げられます。デンマークのジャーナリストによると、「競争力の源泉は働ける人、働きたい人が働けていること」「そのためには男性も家事育児を対等にしている」ことを指摘されます。北欧ではそれぞれが自分の能力に合ったところで、能力に合った賃金をきちんと得ていることで、非常に競争力が高まっている。それはとてもシンプルなことだと思います。日本ではなぜそれをやってこなかったのか、その点に尽きます。
小野
シンプルですね。わかりやすいです。
浜田
やらなければいけないことはわかっている。「では、それを阻んでいる壁は何ですか?」ということですよね。VALT JAPANとしての取り組みの中で、「ここが壁になっていたんだ」と感じられたことは何だったのでしょう。
小野
今、私たちが大きな壁として定義しているのは、構造的な問題です。つまり、「人には問題がない」ということです。
浜田
よくわかります。女性の場合も同じで、個人の意欲の問題ではなく、構造的な問題になっています。
小野
就労支援業界においては、ひとつの事業所に10〜20人ぐらいのワーカーがいて、支援員は3〜5人ぐらいいるのがワンユニットです。事業所の数はコンビニと同じくらい、つまり全国に約2万カ所あるわけですけれども、一つひとつの事業所ができること・量・種類も、やっぱり限定的なんです。Aさんはデータ入力がしたい、Bさんは清掃がしたい、Cさんはデザインがしたい、とバラバラなんです。支援員の方々としては、一人ひとりにカスタマイズしたいという気持ちが当然あるわけですが…。
浜田
1人分の仕事を取ってくる営業をするというマンパワーは、なかなか難しいですよね。
小野
そうです。そのスキルは、おそらく最も難易度の高い営業をすることと同義であると思っています。それは、一人ひとりのワーカーの能力の問題ではなくて、そもそも構造的に、労働市場のマーケットから仕事を流通させていくこと自体が難しい、と。
浜田
例えば需要と供給をデータベース化して、それをマッチングさせるようなプラットフォームさえあれば、発注する側もしやすくなる、ということですね。事業所側も負担を増やさず、就労機会を得ることができる。
小野
おっしゃるとおりです。
ニュースの領域を広げた『AERA』
小野
浜田さんは女性にとっては激動の、まさにおっしゃっているような環境が当たり前だった時代を駆け抜けてこられた。そうした時代の中で、女性と仕事にまつわる問題意識においてどんなことが印象に残っているでしょうか。
浜田
ひとつは、私の原体験です。新卒で朝日新聞社に入社して、最初の4年間は地方の支局で新聞記者をやっていました。その後は週刊朝日編集部の所属になり、仕事は楽しかったんですが、女性の少ない職場でした。そんな中、阪神淡路大震災のような災害が起きた時は「現場に行きたい」と申し出ても、「女は足でまといだからダメ」と言われたこともありました。女性はトイレの問題などがあるので、現場に行く機会を与えられなかったんですよね。
そして10年目にして、念願だった『AERA』編集部に異動しました。当時の朝日新聞はまだ全般的に男性が多い職場でしたが、『AERA』は女性の先輩が比較的多い職場でした。そうは言っても全体の3割程度ですが。しかし、3割ほどいると女性たちが非常に元気が良く、自分の意見をはっきり発言していました。私も週刊朝日ではやりたい企画を提案できてはいたのですが、それは後から思えば、「こういう企画を提案すれば、採用されやすいかな」と男性の意思決定層を意識していたと思います。
しかし、AERAでは女性記者たちが「自分たちが読みたいニュースはこういうものだ」とはっきりと口に出していたんですね。結果的に、それが女性の就労問題や子どもの話、子育ての悩みなどでした。いまでも覚えているのが、総選挙のときのことです。週刊誌の紙面も政治・選挙一色になるのですが、同じ週の『AERA』の巻頭特集はというと、「できる女は声が低い」とか「夫婦で愛していると言い合っていますか」みたいな特集で、私も最初は「これがニュースなのか?」と正直思っていました。当時のAERAの編集長は男性でしたが、非常に先見性があったと思います。女性記者たちの提案を信じて、採用した。結果、そういった記事への社会的反響がとても大きくて、部数が伸びていったんです。
小野
すごいですね!
浜田
男性側が「これがニュースだ」と思うこと以外にもニュースというものはあって、それを潜在的に求めていた人がいた、ということですよね。それは特に女性の読者だったと思います。それまでは政治・経済・事件・災害・国際ニュースだけがニュースと思われていましたが、「一人ひとりの生き方」「心の内面の問題」「子どもの問題」「女性の働き方」といったこともニュースではないのかと、女性の先輩たちは、新しい領域で自分ごとだったテーマを提案し、それによって新しいマーケットを切り開いて行ったわけです。意思決定層の属性が偏っていると、すごく狭い範囲で「自分たちの領域はこうだ」「こうあるべきだ」と決めつけてしまいがちで、マーケットの可能性や働く人の場所としての可能性を捨ててしまっているのでは?と感じます。そういうことを目の当たりにしたのが、私の今のテーマの原点になっています。
働き方の選択肢を増やすことが、企業の人材確保につながる
浜田
ご質問の「問題意識として印象的なこと」ですが、日本は特に「変化が苦手な国」と私自身は感じています。ドラスティックな変化が他国に比べて起きにくい。それは、自分たちの力で変えてきた経験が少ないからだと思うんです。日本は、明治維新にしても海外の要請で開国を迫られたり、その後は戦争によって変わらざるを得なかったり、自分たちの意志や行動で大きな仕組みを変えてきた経験が少ないですよね。
どうしても外的な状況、社会状況によっての変化によって変わらざるを得なかったという経験の方が多いと思っています。特にコロナは、多くの人にとって辛い経験ではありましたが、働き方というテーマにおいては、変わるきっかけになったと思います。
この30年間、もっと誰もが子育てや介護等と両立しやすくしたり、健康的に働けたりするため、残業・転勤が前提の働き方を変えるとか、時間で評価する文化を止めるといったことの重要性を言い続けても、全く変わらなかったんです。残業の規制は、一応法制度によって導入されましたが、それでもコロナ前まではやっぱり「がむしゃらに長時間働いて、上司が帰るまで自分は帰らない」というような人が評価される価値観が根強くありました。
しかし、コロナ禍のステイホームでは、リモートワークにならざるを得なかったですよね。リモートは、障がいや難病のある方にとっても、非常にプラスの側面があったと思います。家族の事情や自身の体調など、いろいろな制約を抱えている人にとって、リモートという働き方は福音だと私は思っています。企業においてもコロナ後もリモートワークが必要に応じて選べるなら、「短時間勤務からフルタイム勤務に戻します」「管理職にも挑戦してみたい」という女性社員の割合は増えています。男性も家にいることで家事育児に参画しやすくなって、「夫婦で分担を見直しました」という声も出てきているんですよね。
コロナ前に戻して出社を強要する企業も多いのですが、でもそれは結局「元気で出社できる人たち、自分の時間を目一杯仕事に費やせる人たちだけが評価される世界」が前提です。世の中はそういう人だけではないんですよね。これまで、いかにそうではない人を切り捨てていたのかということを決して忘れてはならないし、元に戻してほしくないと切実に思っています。
対談の後編では、
- 働けない事情を「聞く人」が必要
- 人手不足を「仕事を分解」して解決
- まず、トップから変わる
- 「働けない事情」は、どんな人にも起こり得る
について語ります。
当対談は音声でもお楽しみいただけます。下記のSpotifyよりご視聴ください。