第八回 【後編】産業構造を転換するカギは、リスキリングの「本質」にある
Road to IX
〜 就労困難者ゼロの未来へ 〜
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事/SkyHive Technologies 日本代表 後藤 宗明氏
VALT JAPANはNEXT HEROを通じて、日本発のインクルーシブな雇用を実現する社会インフラ作りに挑戦しています。その理想実現のため、様々なセクターの皆様と就労困難者ゼロの未来実現に向けて議論を積み重ねていきたく、対談を連載しております。今回ご登場いただくのは、日本初のリスキリングに特化した非営利団体、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブの代表理事兼チーフ・リスキリング・オフィサーであり、カナダ発のリスキリングプラットフォームSkyHive Technologiesの日本代表、後藤宗明さんです。近年よく耳にするようになった「リスキリング」という語彙の正しい定義のほか、海外では企業がリスキリングを通じて成長分野の人材を育てる体制が整っている事例などについてお話しいただきました。
ゲスト 後藤 宗明氏
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事/SkyHive Technologies 日本代表
2021年、日本初のリスキリングに特化した非営利団体「ジャパン・リスキリング・イニシアチブ」を設立。2022年、AIを利用してスキル可視化を行うリスキリングプラットフォーム「SkyHive Technologies」の日本代表に就任。石川県加賀市「デジタルカレッジKAGA」理事、広島県「リスキリング推進検討協議会/分科会」委員、経済産業省「スキル標準化調査委員会」委員、リクルートワークス研究所客員研究員を歴任。政府、自治体向けの政策提言および企業向けのリスキリング導入支援を行う。著書に『自分のスキルをアップデートし続ける「リスキリング 」』、『新しいスキルで自分の未来を創る「リスキリング」』 (ともに日本能率協会マネジメントセンター)、「中高年リスキリング これからも必要とされる働き方を手にいれる」(朝日新聞出版)がある。
インタビュアー 小野 貴也
VALT JAPAN株式会社 代表取締役CEO
目次
個々人のスキルアップは、社会の構造問題
小野
海外の「スキルベース雇用」は、後藤さんの前編のお話にもあったように、個人が自主的に講座や研修を受けたというレベルではなく、組織の仕組みとして、実務経験をベースとしたリスキリングを行うという部分がベースにある、ということですね。
後藤
はい。小野さんがおっしゃったように、「スキルを身に着けるまでの努力をどうするか」という部分では、人々の属性によって、まさにスタート地点が違うわけです。例えば、最新のデジタルスキルに触れる機会についても、パソコンそのものを持っているのかいないのか、などの課題があります。アメリカはデジタルデバイドが拡大しているとは言われているものの、そもそもインターネットに接続できない方々も未だ大勢いるわけです。そこでニューヨーク市では、ある一定の年収以下の方々については、無償でニューヨークの大学でスキル講座を受けることができるという取り組みが行われています。教える方々は現役のGoogleやLinkedInの社員が教鞭を執っていて、さらには仕事の斡旋の機会もあり、そこで学んだ方がスキルによって正当に採用される仕組みです。つまり、実際に労働移動をするには、スキルを身につけるところまで、そのスタート地点に立てるようにするまでの支援が非常に重要なポイントでもあるのです。
小野
キャリアや労働における問題は、これまではおそらく「個に帰属している」という意識が人々のベースにあったのではと思うんです。けれど、後藤さんのお話を伺うと、それは個ではなく社会構造そのものに帰属しているというお話なのだなと思いました。
リスキリングは、企業と個人の生存戦略である
小野
私たちが挑戦している就労困難者問題、そして労働人口減少問題という2つの問題の解決方法について、まさにリスキリングと同じ考えを持っています。障害や難病のある方の問題を個々人の問題と捉えるのではなく、社会構造に問題があるというところに本質があるのではないでしょうか。
後藤
私自身は、「リスキリングとは、企業と個人の生存戦略」だと常々話しています。日本の少子高齢化が進んでいく中で、このリスキリングにこそ命運がかかっていると思っているからです。特に日本では、これからの成長事業を担う人材をリスキリングによって育てていくことができなければ、DX化が進むにつれ、人々の失業問題は一層深刻になります。一方の労働供給問題はというと、日本は少子高齢化も含めて地方における人材不足も深刻で、インフラのサービスも成り立たないという側面があります。特に急務であるのは、エッセンシャルワークにおける人手不足です。ところが、その分野の給与があまり高くないために、ホワイトカラーで働く方々もなかなか移りたがらないという現実もあって、需給ギャップが非常に大きい。エッセンシャルワーカーの方々の生産性を上げていくことを考えると、まさにその分野の方々こそ、本質的なリスキリングが求められるのではないでしょうか。
小野
ある程度資本力のある企業に勤めている従業員の方々は、リスキリングにおいても、国の動きや時代の動きの恩恵を受けやすいのではと思います。けれど一方で、中小企業、あるいは我々の業界でいうところの就労継続支援事業所などは、いわゆる資本力は限定されています。つまり、資本力の有無や大小によって、リスキリングの恩恵を受給できるかどうかは左右されてしまうものでしょうか。
後藤
そこは「イエス・ノー」の両方があると思います。国が本格的に始めているリスキリング支援では、企業サイズに応じて、特に中小企業に対してはリスキリングにかかる費用の75%まで支給する仕組みがあります。新しい政策を正しく知れば、企業規模に関わらず支援を受け取る仕組みはあります。
ただ、中小企業の場合、従業員が1人欠けただけでもオペレーションが回らなくなるケースも少なくありません。その場合、就業時間内にリスキリングをすること自体が難しいわけですよね。そこで中小企業の皆様に「どんな支援が一番必要ですか?」とお尋ねすると、「社内でリスキリング推進を担う責任者の仕事を引き継いでくれる人材が欲しい」と言われます。つまり、リスキリング責任者が通常100の仕事をしているとすると、「社内でリスキリング事業を始めます」となった瞬間に、150の仕事量になってしまうわけです。でも「50増えた分」の仕事を引き継いでくれる人がいれば、社内でリスキリングが広まるし、仕事もスムーズにできます。問題は、この1人を雇うことが財務的に厳しい場合が多いことです。「雇用支援が欲しい」という声が、経営者の方々から挙がる一番多いものなのです。
そうすると、やっぱりそこは資本の差が出るところで、企業サイズが小さくなるほど、リスキリング環境が整いづらいという現実はあると思います。
成長分野の仕事を増やすために
小野
現在の日本の制度上の仕組みでは、リスキリングの責任者の仕事を引き継ぐ方の雇用支援や助成はなかなか難しいというわけですね。
後藤
はい。そこは私もずっとお伝えし続けている部分ですが、なかなか手を着けづらい分野のようです。そこは全世界共通で、人材不足の中で自動化していかなければならないという社会課題を、民間の力だけで解決するのは無理があるんですね。
また、リスキリングは雇用の観点やデジタル分野の発展のみならず、国のGDPを維持して成長させていく、そのために成長分野の仕事を増やしていくという側面でもカギを握っています。例えばヨーロッパでは、脱炭素化に向けたグリーン分野のリスキリングがあり、私は「グリーン・リスキリング」と提唱していますが、SDGsの文脈におけるリスキリングに対しても非常に関心が高まっています。となると、脱炭素化に向けた動きを民間の力だけでやろうというのは、かなりハードルが高いですよね。もちろん日本の政府でも、グリーントランスフォーメーションを実現するための支援策は始まっているところですけれども、本質的なリスキリングを進めていくためにはやはり官民連携で、いわゆるパブリックプライベートパートナーシップ=PPPの仕組みを構築しないかぎりは、現実的には難しいです。日本のPPPを加速化させていくために必要な一手、それはやはり政策にどう反映できるかどうかにかかっていると思います。
小野
なるほど。労働市場の構造を変革していく、ゲームチェンジしていくというお話でもあるわけですね。民間だけでは難しいということですが、例えばスタートアップ・小規模事業者・中小企業などが、大企業とアライアンスを組んで新しいプロジェクトを作り、リスキリングを加速化させていけるような可能性はあり得るでしょうか。
後藤
はい。日本で人工知能分野のG検定を提供している一般社団法人日本ディープラーニング協会(JDLA)では、その会員企業である大企業、あるいは所属しているAIのスタートアップと一緒に、仕事のプロジェクトを通じてAIのリスキリングを行っていく取り組みをされようとしています。先述(前編参照)の「アプレンティスシップ制度」ですね。
小野
国内でもそういった動きがあるということは、未来に希望が持てますね。
中高年だけではなく、若者への啓蒙も始まっている
小野
リスキリングというとAIの領域がイメージしやすいのですが、後藤さんが注目されているAI以外の産業では、どういったものがありますか。
後藤
先程のグリーン・リスキリングに加えて、シンガポールの政府が取り組んでいる、高齢化社会の中で必要となる介護のスキルですね。これもリスキリングの方向性として人手不足の分野なので、今後国民が身につけるべきスキルと言えるでしょう。また、最近アメリカでは、宇宙の分野のリスキリングなども始まっています。例えば、重工業に就いている方々が宇宙船を作っていくとか、宇宙で使える製品を作っていく、といったところですね。この宇宙分野へのシフトが特徴的ですが、私はいつも「リスキリングは終わらぬ旅(Reskilling is a never ending journey)」という言葉を引用させていただいています。今後ますます社会は成長分野に向けて、人々が自分自身をアップデートできるようにしなければいけないですよね。そのためのツールとして、リスキリングがあります。「リスキリングは、企業と個人の生存戦略」と私がお伝えしていることの背景には、そういった理由もあります。
小野
なるほど。日本でも知名度や実態を含めて、今後はリスキリングが浸透していくと後藤さんは思われていますか。
後藤
実はこの2024年から、いろいろな動きが始まっています。今までリスキリングに全く関心のなかった地方自治体の方々が、本気で財源を取る動きも出てきました。あと、非常に面白い話で、なんとリスキリングの専門誌が発売されました。コンビニエンスストアで売っているのも驚きですが、若い方々には有名なモデルでインフルエンサーのよしミチさんという姉弟2人が表紙を飾っています。この雑誌の目的は、若い方々に向けて「早いタイミングから、自分のスキルを見つけよう」という啓蒙を行うことなんです。
後藤
日本でリスキリングを広める活動をしていると、どうしても「中高年の方々に向けて、スキルのアップデートが必要だ」という話が中心になるため、若い方々にはリーチができていなかったんです。けれども、こうして若い方々の間でも、新しい動きが始まっている。それらの動きは、日本にとって非常に明るい材料ではないかなと思っています。老若男女問わず、産業構造の転換のためには、本来のリスキリングが必要なんだという認識が広まってきています。来年、再来年と、全く違う光景になっていく未来に期待してもいいのではないでしょうか。
小野
組織という枠を超えて、自治体、政府、国、もしくは国同士もあるかもしれませんが、世界規模で取り組むべきリスキリングの本質について、重要なお話をたくさんお伺いしました。本日は貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございました。
後藤
こちらこそ、ありがとうございました。
当対談は音声でもお楽しみいただけます。下記のSpotifyよりご視聴ください。