第九回 【前編】インクルーシブの実現は情報段差(バリア)をなくすことから
Road to IX
〜 就労困難者ゼロの未来へ 〜
カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社 代表取締役社長兼CEO 髙橋 誉則氏
VALT JAPANはNEXT HEROを通じて、日本発のインクルーシブな雇用を実現する社会インフラ作りに挑戦しています。その理想実現のため、様々なセクターの皆様と就労困難者ゼロの未来実現に向けて議論を積み重ねていきたく対談を連載しております。 今回はカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社、代表取締役社長兼CEOの髙橋誉則さんにお越しいただきました。髙橋さんはグループ全体の人事を統括し、人事部門中心のキャリアを歩まれてきました。この時代における働き方や、インクルーシブに働く人や組織のあり方について伺っていきます。
ゲスト 髙橋 誉則氏
カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社 代表取締役社長兼CEO
1997年にカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社に入社。レンタル事業や書籍販売の「TSUTAYA」常務役員やCCC執行役員などを歴任。2018年3月末より3年間主夫を経て、2021年4月にCCCグループへ復帰。現在はCCC代表取締役社長 兼 CEOを務める。
インタビュアー 小野 貴也
VALT JAPAN株式会社 代表取締役CEO
目次
旧体質な要素が残る社会にイノベーションを起こす
小野 貴也
(以下、小野)
髙橋さんは、CCCに入社されて9年目にグループ全体の人事を統括する会社の代表に就かれました。そんな髙橋さんは「働く」ということをどのように定義し、捉えていらっしゃるのでしょうか。
髙橋 誉則氏
(以下、髙橋)
現代では「働く」という言葉の意味合いや、会社と個人のつながりがだいぶ変わってきていると思います。
特に若い世代には、一社でずっと働くという概念自体がなくなっていますし、一方でご年配の方々も、年齢を重ねたあとの過ごし方や働き方がかなり変わってきていますよね。世の中が大きく変化してきている中で、「働く」ということも一つの概念では定義しづらくなってきています。
ただ、社会の中核を担うとされる大企業は、組織構造がなかなか変わらないのが現状です。経営者やマネジメント層の世代が交代してきているとはいえ、まだまだ高度経済成長期の考え方を引きずっていたり、働き方についての概念が2〜3世代前のパラダイムであったりします。働き方の多様性というのは、個人レベルでは着実に広がっていますが、企業としてのスタンスがまだ進化しきれていないのかな、という仮説を持っています。
小野
組織の中身が短期間で変化するのはおそらく非現実的だと思いますが、社会に対してイノベーションを起こしていくことが求められている昨今において、CCCさんは「BOOK & CAFE」といった新しい産業業態やライフスタイルを作ってきました。
新しいものを世の中に生み出すには、多くのエネルギーと緻密な戦略が必要だと思います。髙橋さんが何か挑戦をする際に大切にされていることを教えてください。
髙橋
私一人でスーパーマンのように何かを成し遂げられるわけではありません。CCCグループと共に仕事をしてくださるパートナーのみなさんも含めて、既成の概念や既知の概念のようなものをいかに取り払い、異なる着想点を取り入れられるかが重要だと感じています。そのための環境づくりや新たな視点の提供を大切にしています。
小野
社員の方々にもさまざまなアイデアを生んでもらい、それを現場の声を活かして意思決定していく中で、一定のリスクもあるかと思います。どのようにマネジメントされていらっしゃいますか。
髙橋
「改革は“辺境の地”から」というのがまさにセオリーだと考えています。既存の組織や既存の勢力からは新しいものは生まれにくく、基本的には生まれないと思っています。
当社では新規事業も含めて、既存組織から切り離してしまいます。アセット(資産)を持っている事業体だからこそ機会があるという声もありますが、私はそこに懐疑的です。むしろ、そう見えるがゆえにイノベーションのジレンマに陥ってしまうこともあると思います。
そのため、組織を横に切り出し、非同期かつ独立した形でさまざまなことをスタートさせています。実際にそうした方法をとっています。
インクルーシブにするために情報段差(バリア)をなくす
小野
2,000人の従業員を率いるに当たって、髙橋社長のリーダーシップがインクルーシブな職場環境実現にどのように寄与していらっしゃるのか。具体的な施策がありましたら教えてください。
髙橋
前提として、インクルーシブという概念自体を日本社会で実装していくのはなかなか難しいと感じています。とはいえ、難しいからといって諦めるわけではありませんが。
私自身、主夫をしていた3年間で実感したことですが、社会コミュニティや自分の地域コミュニティの中でさえ、インクルーシブ度合いを高めるのは意外と難しい。そのため私は、企業に限らず、社会全体におけるインクルーシブな取り組みの課題感を、相似形で捉えて見ています。
私なりのインクルーシブ的なアプローチとしては、情報に段差をつけないことです。目に見える物理的なバリアだけでなく、心理的なハードルも当然ありますが、重要なのは情報の段差をなるべくなくすことだと考えています。知ってさえいれば動き出せるのに、知らないがゆえに一歩が踏み出せないケースもあります。企業の中には、旧態依然としたマネジメント層が情報に段差をつけ、その優位性でマウントポジションを取るケースが非常に多い。
そこで我が社では、広報にも協力してもらい、社内メディアを作っています。私は毎日ブログを書いて、社内において誰もがフラットに情報を得られる状態にしています。私からの情報発信だけでなく、社内の情報が横断的にフラットに伝わるようなメディアを作り、心理的なバリアを入り口から排除していくことが重要だと考えています。
家族ケアのため専業主夫になった期間
小野
髙橋社長は、ご家族のサポートのため、すべての役職を退かれて主夫をされていたご経験を経て、ご自身の考え方や思想に何か変化はありましたか?
髙橋
現在中学3年生の長男と小学5年生の長女がいるのですが、主夫になるのを決断したのは、娘が幼稚園に入るかどうかという頃でした。娘はダウン症で生まれてきたため、知的障がい、発達障がい、難聴、左右の視力のバランスが悪いなど、日中は医療機関や療育機関に通う必要がありました。また、療育機関と保育園などとの情報伝達も親が担う必要があり、働きながらは非常に困難でした。例えば、朝8時から経営会議があっても、「すみません、娘の送りがありますので、行けません」ということになり、妻も働いているため、どちらかが仕事を寄せなければいけない状況でした。直感的に私が決断したのです。
小野
かなりハードな意思決定だったのではないかと思いますが、髙橋社長はどなたかに相談されたのでしょうか?
髙橋
ある程度決めてから相談しました。反応はさまざまで、「仕事やめて家に入って大丈夫か」という人もいれば、今まで積み上げてきたキャリアというのがありますから、空白期間で無駄になるという人もいました。しかし、人生を歩んでいく過程で、自分が決めたことだったら、結局それを何かに活かせばいいだけの話です。結果的にはどこにいて何をやろうと、自分としてのスタンスさえ変わっていなければなんとかなる、大丈夫だと思っていました。
小野
多くの人は、そうした考え方や意思決定を実行したくても、なかなか思い切って決断できないように思います。
髙橋社長はなぜ決断できたのでしょうか。
髙橋
私は、一度考えるとスパッと決断するタイプなんです。考える過程で、すでに自分の最終的な答えは決まっていることが多いです。
決めることで、これまでとは違うことや、ネガティブな側面が見えてきますが、あとはそれに対して自分がどう向き合っていくのか、自分の心をどう処理するかだけが問題です。多くの人が何かをするとき、ぼんやりとした答えはすでに決まっているのではないでしょうか。
小野
一方で、意思決定を応援してくださった方も多かったのではないでしょうか。
髙橋
まず感謝をしたいのは、当時20年以上お世話になっていたCCCの創業者・増田宗昭さんです。私が家庭に入りたいと伝えたとき「人生だからそういうことあるわな」と言ってくれたんです。「俺も若い頃、家族の問題があったときには、家族に時間を使ったときもあるし」とか、「そういう形でええんちゃうの。だからこそ緩やかにつながっておこうぜ」ぐらいの感じでおっしゃってくださいました。会社の一線を退くことが一大事、というリアクションをされなかったことは、心理的ハードルが下がったと感謝しています。
地域社会の不均衡をどうバランスさせるか
髙橋
ただ、逆に、仕事しかしていなかった人間が地域コミュニティに入っていく難しさも感じました。幼稚園の父母会の副会長になったのですが、入ってみたら私以外は全員女性でした。
当時、昼に参加できる男性がほとんどいなかったので仕方がないのですが、どこか腫れ物に触るような空気がありました。
やはり、コミュニティには一定の価値観や、暗黙知が共有されていて、そこには歴史やお作法、さまざまなものがあります。そこに異物というか、違う存在が入ってきたときに、インクルーシブの一番の難しさが現れるのだと感じました。
小野
地域社会におけるインクルーシブやIXについて、髙橋社長と同じような経験をされた方も多いと思います。経済界の目をお持ちの髙橋社長としては、地域コミュニティの格差や不均衡をどのように解消していくことが望ましいとお考えですか?
髙橋
この点については、行政に積極的に働きかけてきた住民や保護者、自治体が繋いできた歴史によって差があると思います。また、地域のお祭りのような、サステナブルな活動があるかどうかも大事です。ただ、やはり一番重要なのは「人」だと思います。そこにいる人が、どれだけ他の人を巻き込んでいけるかにかかっています。
囲い込むような巻き込み方ではなく、幅広い人が参加できるように門戸を開くコミュニケーションのあり方や巻き込み方がおそらく大事なのではないでしょうか。
しかし、団体によって主義主張や背景が異なったりして、同じ目標を持っているはずなのに交流が生まれないこともあります。
もともと目指していたものを見失ってしまったり、我々が本来どこを大義として目指すべきかわからなくなったときには、多少の垣根を越えて協力し合う場面があってもいいのではないかと思います。普段はバラバラで活動していても、いざというときには協力する場面があってもいい。
ただ、それには、大義のもとでリーダーシップを発揮する人が必要で、そのような存在がいないと実現は難しいのではないでしょうか。
対談の後編では、
- 地域社会や企業のIXを率いるリーダー像
- 目に見える変化、笑顔とありがとうが原動力
- 問題が起きてもやる精神と歩み寄り
- 一人ひとりに考えて動いてもらうリーダーシップ
について語ります。
当対談は音声でもお楽しみいただけます。下記のSpotifyよりご視聴ください。